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RoboCup世界一からフィジカルAIのリーダーへ -「未来のロボット基盤」が、日本の製造業を進化させる-【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:株式会社Closer】

日本の製造業の未来に横たわる「2040年問題」――人口減少による深刻な人手不足と、食品・化粧品・医薬品の三品産業などにおける自動化の遅れは、今や待ったなしの経営課題だ。
この難局を打破すべく、独自の「ロボット基盤」で革新を巻き起こすスタートアップが、株式会社Closer(クローサー)である。
代表取締役は、ロボット競技の最高峰「RoboCup」で世界一に輝いた実績を持つ若き起業家、樋口翔太氏。今までなぜ、多くの製造業で産業用ロボットが普及してこなかったのか。その問題を真正面から解決するCloserのロボット開発について、その全貌を深く掘り下げる。

ロボット開発の様子ロボット開発の様子

RoboCup世界一を育てた「自律型ロボット」の原点

まず初めに樋口さんの簡単なプロフィールを教えてください。

樋口:株式会社Closer代表取締役の樋口翔太と申します。現在28歳になります。私は幼い頃から一貫してロボット開発に携わってきました。特に、サッカーロボットの大会である「RoboCup」には小学校の頃から参加を続け、高専時代には念願かなって世界大会で優勝することができました。この活動を通じて、メカ、回路設計・組み込み、プログラミングといったロボットに必要な技術を体系的に学んできました。
現在、Closerでは、ロボット開発を通じて培った技術を活かし、特に食品、化粧品、医薬品などの工場に対し、簡単に自動化できるロボットパッケージを提供しています。これは、従来のロボット技術が対応できなかった現場の深刻な人手不足や、コスト面での課題などを、ソフトウェアの力で解決するための事業です。

樋口さんは幼少の頃からロボット開発に一貫して関心を持たれていたそうですが、そもそもどんなことがきっかけでロボットづくりが好きになったのでしょうか?

樋口:もともと工作がすごく好きな子どもでした。そこからタミヤの工作キットなどのモーターを使った電子工作にハマり、徐々にマイコン制御の自律型ロボットの世界に入っていきました。ラジコンのように人が操作するのではなく、ロボット自身が状況を判断し、考えて動くという仕組みに強く魅了されたのです。

その熱意は、世界的な舞台である「RoboCup」へと繋がりますね。

樋口:RoboCupは、単なる競技ではなく、私にとって最高に実践的な学びの場でした。この活動で最も重要だったのは、ロボットを動かすために必要な要素技術を、すべて自前で開発し、統合する必要があった点です。具体的には、機体設計から、それを制御する組み込み、そしてロボットに知能を与えるためのプログラミング。これらすべてを、実践を通じて体系的に学ぶことができました。これは、現在のCloserが行なうロボット基盤の開発と繋がっています。

ロボット制御ロボット制御

社会の課題を解決する「産業用ロボット」開発の道へ

高専時代にトマトの自動収穫ロボットの研究をされていた経験が、現在の事業への大きな転換点になったと伺っています。具体的に何がターニングポイントだったのでしょうか?

樋口:研究活動を通じて、農家さんや食品工場などへ頻繁にヒアリングを行いました。そこで目の当たりにしたのは、現場の深刻な人手不足と重労働の課題、そして既存のロボット技術が全く役に立っていないという現実です。 私はそれまで、 RoboCupへの挑戦などを通じて「自分が作りたいロボット」を具現化しようと技術を磨いていましたが、この頃から、世の中が本当に必要とするロボットを作りたいと思うようになりました。

その思いを実現するために、進学した筑波大学 大学院在学中というタイミングで起業を決断されたのですね。

樋口:ロボット開発が盛んな筑波大学へ進学した当時は、ロボット普及の障壁はハードウェアの価格であると考えていて、廉価なロボットアーム作りに力を注いでいました。しかし、色々な活動を通じて現場を観察していくと、産業用ロボットを導入するにあたって、費用が最もかかっているのは、現場に合わせたソフトウェアの調整。つまり、「システムインテグレーション費(SI費)」であることがわかってきました。そこで、ソフトウェア開発に軸足を移すことにしたのです。
日本には世界に誇れる素晴らしい産業用ロボットのハードウェア(アームなど)があります。この優秀なハードウェアと、私たちの独自のソフトウェアを組み合わせることで、ボトルネックであるSI費を抑える方法はないかと研究を重ね、作ったロボットで初めての売上がたった、2021年11月に株式会社Closerを設立しました。

製造・テスト現場製造・テスト現場

レガシーなシステムからの脱却に向けて、株式会社Closerが開発する新しい「ロボットソフトウエア基盤」

現在の株式会社Closerの事業内容を教えてください。

樋口:製造業の中でも最も自動化が進んでいないと言われ、かつ最も多くの人が従事している三品産業(食品、化粧品、医薬品)の多品種少量生産ライン向けに小型・低コスト・知識不要で利用できる「ロボットパッケージ」を提供しています。大手メーカーの主力製品の大量生産ラインは自動化されていますが、その他のラインは今も手作業が多く、深刻な人手不足に陥っています。 また、比較的自動化の進んでいる自動車や電機電子産業と違い、食品の形状にバラつきのある点や製造ラインが狭くロボットを導入する物理的スペースが確保しづらい点など、三品産業の現場特有の課題を解決するためのロボット開発を行っています。

そもそも、日本の製造業、特にCloserさんがロボットを提供している三品産業の自動化が進んでいないのはなぜでしょうか?

樋口:これは日本の産業用ロボットやFA(工場自動化)の進歩の歴史に深く関わっており、特に我々が注力している三品産業では、その課題が顕著に表れています。

第一の問題は、現在も稼働している産業用ロボットの多くが、非常に古い仕組み(プログラマブル・ロジック・コントローラ:PLC)で構築・運用されていることです。PLCをベースとした従来型の日本の産業用ロボットは、自動車や電子機械産業で発達してきましたが、この仕組みの特徴は、構造がシンプルで安定性があるということです。自動車や家電のように形が固定されたものを大量に、決まった場所で扱うことが求められる現場では重宝されました。しかし、多品種少量生産が主流で、一つのラインで様々な形やサイズの容器、袋を扱うような食品や化粧品の製造現場では、事情が異なってきます。

第二に、これらの産業に従事する多くの企業は、社内に多くの技術者を抱えていることから、自社内で必要な産業用ロボットを開発し、製造ラインに導入することも現実的でした。一方で、三品産業の業界内には、そういった人材は希少であるため、専門のエンジニアがいないと扱うことのできない従来の産業用ロボットを導入することができず、自動化がなかなか進まなかったのです。

なるほど。そんな製造ラインの自動化に真正面から取り組まれているCloserさんは、どのようにそれらの課題を解決しているのでしょうか?

樋口:我々Closerのコア技術となる「独自のロボットソフトウエア基盤」と、それが可能にする「ティーチングレス技術」で、この課題を解決しています。

まず我々は、PLCベースで動くレガシーなロボットシステムを刷新すべく、パソコンのようにC++やPythonといった現代の主流技術で動く独自のロボットソフトウエア基盤を開発しました。これにより、AI技術をはじめとした様々な技術を柔軟に組み込める独自プラットフォームが実現し、多品種少量生産ラインでも十分に対応できるロボット開発の土壌を創り上げました。

さらに、このソフトウエア基盤を土台として、開発したのが「ティーチングレス」技術です。従来のロボットは、エンジニアが複雑な3次元の数値(ティーチング)を入力する必要がありましたが、我々のロボットでは、現場のオペレーターがタブレットに「段ボールのサイズ」や「置きたい場所」を入力するだけで済みます。システムがAIを使って最適な動作パターンを自動で生成するため、専門知識は一切不要です。これにより、多品種の製品が流れてきても、現場の作業者は数分で設定変更できるようになり、三品産業の現場でも柔軟な自動化を実現できています。

現在の一番の売れ筋である「Palletizy®(パレタイジー)」もこの強みを活かして、さまざまな現場で、「小型・省スペースでありながら高性能なパレット積み」に活躍しています。

この独自のソフトウエア基盤開発は、先ほど述べた「導入コストの問題」もカバーしています。以前は、現場ごとにSI(システムインテグレーター)会社に高額な費用を払ってオーダーメイドでロボットを調整してもらう必要がありましたが、我々はソフトウェアとハードウェアを一体で設計し、多品種に対応できるロボットをパッケージ化して販売することで、この高額なSI費を大幅に削減しています。

また、多品種少量生産が主流の食品や化粧品の製造現場では、めんつゆの小袋のように形状が変わりやすい不定形物や、光沢があって認識しにくいものも数多くあります。従来の技術では、こうした不規則なワークを正確に認識し、確実につかみ、置くという作業が極めて難しく、多様な製品を扱うために必要なAI画像認識などの最新技術を後から柔軟に組み込むこともできませんでしたが、私たちの提供する「PickPacker®(ピックパッカー)」は、業界最速レベルの不定形物バラ積みピッキングを実現しています。

Palletizy®(パレタイジー)UIPalletizy®(パレタイジー)UI

日本フィジカルAI界のリーダーへ

今後の事業展開、特に収益面について教えてください。

樋口:現在、売上は昨年に比べて4倍程度の伸びがあり、今後もアグレッシブな目標として年3倍程度の成長率を維持していきたいと考えています。

今後のスケールアップ計画については、新ジャンルの開拓よりも、現行ロボットの量的な拡大に重点を置いている印象ですが、グローバル展開も視野に入れていますか?

樋口:はい。まずは、現在ターゲットとしている三品産業内での市場シェア拡大と、ロボットの量産体制の確立に全力を注いでいます。私たちのシステムは汎用性が高いため、この産業内でも様々なタスクへの応用が可能だと考えています。 その上で、国内での成功実績と量産体制を基盤に、人手不足問題の解決策として、グローバル市場への進出も計画しています。また、自動車産業など、開発者が揃っている領域であっても、より難度の高い自動化が求められる場合は積極的に挑戦していきます。

今後のロボット市場全体について、どのような展望をお持ちでしょうか。

樋口:AIの革新もあって、この1年あまりで人型ロボットの進化なども目覚ましいですが、工場という現場においては、やはり費用対効果(ROI)と速度、安定性が最も重要であり、当面は、アーム型のような、特定の作業に特化しコスト効率が高い産業ロボットが依然として優位性を持ち続けるでしょう。

その中で、Closerはどのような役割を担いたいとお考えですか?

樋口:私たちは「フィジカルAI」、すなわち従来のデジタル空間で機能する「生成AI」などとは異なり、ロボットなどの物理的な身体を持ち、周りの状況を見ながら行動を起こすAIの分野において、日本を代表するリーダー企業となることを目指しています。この分野は、まだ実証実験やデモの段階に留まっている企業が多い中で、私たちはこれを実際に社会実装し、社会から認められる会社となっていきたい。 重労働や単純作業を自動化することは、労働者がより、“人にしかできない創造的な仕事”に注力できる環境を提供します。これこそが、日本の製造業の国際競争力を再び高める、最も本質的な意義だと感じています。

制御盤を触る様子制御盤を触る様子

ICTスタートアップリーグでの活動と今後の展望

最後に、ICTスタートアップリーグに参加された目的と、現在の活動について教えてください。

樋口:参加目的は、ICT技術を事業としてスケールさせるための知見、活動資金の調達、そして経営ノウハウや起業家・専門家とのネットワークの構築です。リーグを通じての資金提供によって開発をスムースに進めることができていますし、ネットワークについては、残りの期間で積極的に活動し、ノウハウの獲得含め、さらにつながりの幅を広げていきたいと考えています。

編集後記
樋口氏が語る「自律型ロボット」への情熱は、幼少期の工作好きに始まり、RoboCup世界一という頂点の経験を経て、株式会社Closerの「独自のロボットソフトウエア基盤」という事業思想へと昇華されている。
インタビューを通じて強く感じたのは、研究者としての探求心から一転、「自分の技術を社会の課題解決に使わなければならない」という強い使命感を持って起業を決断した、その熱量と覚悟。それらが、三品産業のような多品種少量生産の難易度の高い現場に正面から挑む原動力となっている。
従来のロボット導入は、高額なSI費と高度な専門知識が必要という、「レガシーなシステムの鎖」に縛られていた。だがCloserの開発する新しい「ロボットソフトウエア基盤」は、今後、三品産業のみにとどまらず、日本中、そして世界中の製造ラインに伝播し、50年前から使われ続けたPLCをベースとした産業用ロボットに取って代わる、新たなスタンダードとなる可能性を秘めている。日本が持つハードウェアの力と、樋口氏の世界水準の技術力がクロスすれば、決して夢物語ではないだろう。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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