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「ドク」に憧れた少年が、常識を覆す。「気球」で宇宙遊覧へ――発明家が描く、誰もが空を目指せる未来のインフラ【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:株式会社岩谷技研】

「宇宙旅行」と聞いて、多くの人は轟音と共に垂直に打ち上がるロケットを想像するだろう。選ばれた富裕層や、厳しい訓練に耐え抜いた宇宙飛行士だけが許される特権的な体験。それがこれまでの常識だった。

しかし今、その常識を根底から覆し、静かに、安全に、そして誰でも宇宙を見に行くことのできる体験を実現しようとしている企業がある。北海道江別市に拠点を置く、株式会社岩谷技研だ。

同社が開発する高高度ガス気球は、化石燃料を燃やさず、浮力だけで成層圏内の最大到達高度2万5,000メートルへ到達する。乗客は、旅客機のような快適なキャビンから、青い地球と漆黒の宇宙の境界線を眺めることができる。2024年7月には有人飛行試験で到達高度20kmを突破し、商用化は目前だ。

「自分が乗りたくないものは作らない」。そう語るのは、代表取締役であり発明家の岩谷圭介氏だ。

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の科学者・ドクに憧れ、「職業・発明家」を目指した少年は、いかにしてこの壮大なプロジェクトを実現させたのか。その背景には、ロマンとは対極にある徹底したリアリズムと、起業家としての意外なルーツがあった。

映画の中の科学者に憧れて、“職業・発明家”への遠い道のり

岩谷さんは「発明家」という肩書きをお持ちですが、科学やものづくりへの興味はいつ頃からあったのでしょうか。

岩谷:原点は幼稚園の年長さんの頃に買ってもらった「宇宙ステーション」(福音館書店)という絵本です。そこには、科学と知恵と勇気で人間が宇宙に行き、未来を切り拓く姿が描かれていました。「自分もこういうことができたらいいな」と強く思ったのが、科学や宇宙に興味を持った最初のきっかけです。

そこから一直線に今の道へ進まれたのですか?

岩谷:いえ、実は高校2年生の時に大きな挫折をしています。進路を考える時期に、私は映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でタイムマシン(デロリアン)を作ったドクのような「発明家」になりたいと本気で思っていました。自分の好きなものを作って、研究して生きていきたいと。

でも、大学の学部や職業をいくら調べても「発明家」になれるコースなんてどこにもないんです。研究職はあっても、それは国や会社の方針に従うもので、自分の好きなことを勝手にできるわけではない。「発明家という職業はフィクションなんだ」と気づき、完全にやる気を失ってしまいました。

夢と現実のギャップに直面したわけですね。

岩谷:そうです。そこからはもう勉強が手につかず、テストで0点を取るような状態になり、センター試験も受けずに浪人生活に入りました。私が通っていたのは中高一貫の進学校で、周りは当然のように大学を目指す環境でしたから、その中でセンター試験すら受けないというのは、かなり珍しい存在でした。

2年間の浪人中は、ただひたすら本を読んで過ごしました。1日2冊ペースで、合計1,000冊くらいは読んだと思います。そんなある日、駅で「鳥人間コンテスト」のポスターを見かけました。学生たちが自分たちで飛行機を作って飛ばしている姿を見て、わずかにですが「発明家のにおい」がしたんです。そこで「ものづくり」の基盤となる機械工学を学ぼうと、北海道大学の工学部に進学することにしたんです。

アルバイトはしない。「稼ぐこと」も発明の一部だった

その後、北海道大学に進学してどのような研究をされていたのですか?

岩谷:北海道大学の工学部機械知能工学科で学びながら、大学4年生の頃から風船による宇宙撮影に取り組み始めました。ある時、「海外の学生が風船で宇宙を撮影した」というニュースを見て、「これなら自分にもできる」と直感しました。そこからホームセンターで材料を集め、風船にカメラを取り付けて成層圏まで飛ばし、回収するシステムを自作し始めたのがきっかけです。

初めはうまくいかないことばかりでしたが、改良を重ねて撮影に成功すると、周囲の方々から「風船で宇宙が撮れるなんて面白い」と評価していただけるようになりました。

学生時代から独自の開発をされていたのですね。そのための研究資金や生活費はどうされていたのですか?

岩谷:親には2年間の浪人生活で負担をかけましたし、大学に入ってからは自立しなければなりませんでした。ただ、普通の学生のようにアルバイトをするという選択肢は私の中にはありませんでした。時給で働いて時間を切り売りしてしまっては、肝心の研究や発明をする時間がなくなってしまいますから。

そこで、「自分で稼ぐ仕組み」を作ることにしました。地元の経営者交流会などに顔を出して、「北大生なんですけど、こういうことができます」と売り込んで、ウェブサイト制作やシステム開発の仕事を受注し始めたんです。

いきなり起業のような形をとられたのですね。そこに迷いはなかったのですか?

岩谷:私の場合、親戚に起業家や経営者が多かったことが影響していると思います。祖父母や叔父たちが自分で事業を興し、社会の役に立つことで対価を得ている姿を小さい頃から見ていました。だから、「会社に就職して給料をもらう」という働き方よりも、「自分で仕事を作って稼ぐ」ということの方が、私にとっては自然な選択肢だったんです。

「お金は人から感謝された証として受け取るもの」という教えも根底にありました。幸い、仕事は順調で、学生ながら生活に困らないだけの収入を得ることができました。そこで生まれた余剰資金を、すべて風船の研究開発に投入していきました。

研究費を自分で稼ぎ出し、好きな研究に没頭する。まさに理想的な環境ですね。

岩谷:誰かにお金をもらって研究するのではなく、自分のお金でやるからこそ、誰にも文句を言われずに好きなことができる。それが私の考える「発明家」の定義でもありました。

その後、2016年に法人化されていますが、ここが事業拡大への転機だったのでしょうか。

岩谷:いえ、実はもっと事務的な理由なんです(笑)。徐々に活動が注目されたことで事業規模が大きくなり、個人として事業をお引き受けするのが難しくなったので法人化しただけで、当時はまだ「会社を大きくしよう」という野心はそこまでなかったんです。

ロケットは「怖い」。だから風船で宇宙を目指す

宇宙を目指す手段として、なぜ主流の「ロケット」ではなく「気球」を選ばれたのでしょうか。

岩谷:2010年代に入り、民間宇宙旅行の話が出始めましたが、その手段はほとんどがロケットでした。でも、ロケットは莫大なエネルギーを使い、爆発のリスクもあり、乗るには厳しい訓練が必要です。私はただの平凡な市民ですし、命知らずの冒険家でもないので、「そんな危なくてお金もかかるものには乗りたくない」と率直に思ったんです。

そこで注目したのが「風船」でした。海外では冒険家が風船で成層圏まで上がり、そこから飛び降りるということをやっていました。「生身で上がれるなら、キャビンを作れば一般人でも行けるはずだ」と考えたのが始まりです。

「自分が乗りたいものを作る」という発想ですね。

岩谷:そうです。気球は、水に浮かぶ「ゴムアヒル」と同じ原理で、周りの空気より軽いから浮くだけです。ロケットのように燃料を爆発させて無理やり押し上げるわけではないので、加速度もほとんどかからず、静かで安全です。

ただ、趣味のレベルを超えて有人宇宙遊覧を事業化するには、私個人の資金では限界がありました。試算すると約45億円が必要で、これを自力で稼ぐには100年かかってしまう。そこで、株式会社として外部からの資金調達に動くことにしました。

反応はいかがでしたか?

岩谷:最初は散々でした。「風船で宇宙? 何を言ってるんだ」と、ほとんど相手にされませんでした。そこで、2018年に魚を気球に乗せて成層圏へ送り、生還させる実験を行いました。生命維持装置や与圧キャビンを自作し、魚が生きて帰ってきたことを証明したんです。「魚ができるなら、人間も同じ環境を作ればいいだけですよね」と。

この実験がブレイクスルーとなり、2020年にようやくまとまった資金が集まりました。そこから約4年という短期間で、実際に人を乗せて成層圏(高度20km超)まで到達するところまで来ました。

「感動」よりも「悔しさ」を。発明家のドライな美学と現在地

これまで数々の実験を成功させてこられましたが、一番感動した瞬間はいつですか?

岩谷:実は、私あまり感動しないタイプなんです(笑)。社員は泣いて喜んでいたりするんですが、私は常に冷めているというか。

例えば、2012年に初めて宇宙の写真を撮れた時も、感想は「悔しい」でした。1万6,000枚撮って、まともに写っていたのがたった1枚だったからです。「こんなに苦労してこれだけか」「もっとうまくやれたはずだ」という思いが先に立ってしまいます。

有人飛行が成功した時も同じで、「自分たちはまだ何も知らない」「もっと改善できる」という課題ばかりが見えてくる。達成感というよりは、常に能力不足を感じていて、だからこそ次へ次へと進めるのかもしれません。

そのストイックさが開発のスピードを支えているのですね。現在の事業状況はいかがでしょうか。

岩谷:投資家やお客様からお金を預かっている以上、趣味で終わらせるわけにはいきません。よく弊社は「宇宙遊覧の会社」と見られがちなのですが、それだけではないんです。

現在、私たちは気球技術を活用したさまざまな開発受託や、科学実験のプラットフォーム提供などでも売上を立てています。すでに売上規模も徐々に大きくなっており、地に足のついた「事業」として成立しつつあります。 宇宙遊覧だけにこだわらず、今ある技術で形にできるものを着実に世に出し、さまざまな形で社会に貢献しながら利益を生む。それが経営者としての責任だと思っています。

成層圏からの通信革命。ICTスタートアップリーグと共に

岩谷技研は今年度で3回目の採択となります。今回の研究テーマは「気球-地上間の高速通信システムの検討」とのことですが、これはどのような狙いがあるのでしょうか。

岩谷:現在、気球から地上に送れるデータ量は限られています。もし高速通信が可能になれば、上空の映像をリアルタイムで高画質に配信したり、より複雑な制御コマンドを遅延なく送ったりすることが可能になります。

これは、宇宙遊覧のエンターテインメント性を高めるだけでなく、安全性の向上にも直結します。さらに、成層圏を「高高度の実験プラットフォーム」として活用する際、大容量の観測データをリアルタイムで地上に送ることができれば、研究開発の幅も大きく広がります。ICTスタートアップリーグの支援を受けて、この空の通信インフラ構築を加速させたいと考えています。

最後に、今後の展望と次世代へのメッセージをお願いします。

岩谷:私は「成功する人は成功するし、しない人はしない」とドライに思っていますが、大切なのは「世の中の役に立つこと」を忘れないことだと思います。 起業して得た力や資金は、自分の私利私欲のためではなく、公益のために使う。先人たちが築いてきた社会を受け継ぎ、次の世代により良い形でバトンを渡す。その責任を果たしながら、気球という手段で、誰もが宇宙を身近に感じられる未来を作っていきたいと思います。

<写真提供:株式会社岩谷技研>

編集後記
進学校にいながら「センター試験を受けない」という、一見すると無謀な決断。周囲の常識や敷かれたレールには乗らず、幼い頃から自分の意志を貫いてきた岩谷氏。
しかし、取材の合間にふと見せた「父親としての顔」が印象的だった。
「昔は親の言うことを聞かない子で、『受験しないの?』と聞かれても『しない』と即答するような扱いにくい子どもでした。でも今、自分の3人の息子たちも全く話を聞かない。当時の親の苦労が分かります。これは『業(ごう)』ですね」
言うことを聞かない子どもだったからこそ、親を頼らず、自分で考え、道を切り拓くしかなかった。「必要は発明の母と言いますか、困れば人は考えるものなんです」。そう笑い飛ばす姿に、冷静沈着な発明家のたくましくも人間味あふれる原点が垣間見えた。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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