コラム
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魚の価値を最大化し、地域を豊かに。AI計量システムで切り拓く水産業の未来【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:株式会社ZIFISH】

日本近海には約500種類もの魚が生息し、私たちは豊かな「旬」の味を享受している。しかし、その供給を支える水産業の現場は今、深刻な労働力不足に直面している。

特に産地の魚市場では、水揚げされた魚の計量や伝票作成にいまだ手書きの工程が多く残る。漁業協同組合(以下、漁協)の職員は、日々膨大な紙の書類作成に追われており、この事務負担が業務停滞の大きな要因になっている。

漁協の機能不全は、市場そのものの存続、ひいては日本の水産業全体の維持を危うくしかねない。この構造的なボトルネックを解消することは、業界全体の急務である。

この課題に対し、学術的な知見を直接ビジネスへとつなげて挑むのが、江幡恵吾氏だ。鹿児島大学水産学部の准教授として教鞭を執りつつ、株式会社ZIFISHの代表取締役CEOとして、社会実装を自ら加速させている。

江幡氏が開発したのは、AIとIoTを駆使して市場業務を「ワンタッチ」でデジタル化する「ZIFISHスマート計量システム」だ。水揚げされた魚の計量・種類などの情報を一元管理することで、劇的な省力化・省人化を実現した。

水産学の研究者が、なぜ今、スタートアップという手段を選んだのか。その勝算と、思い描く水産業の未来について話を聞いた。

起業の原点は、水産現場で目撃した崩壊の予兆

まずは、江幡さんが水産業の世界に入られたきっかけを教えてください。

江幡:私は越中式定置網の発祥の地である富山湾に面する、富山県高岡市で生まれ育ち、幼い頃から海に親しんできました。進学先の北海道大学水産学部では、まき網や定置網などの漁具や魚の生息場(人工魚礁)を作る水産工学について学びました。

卒業後は水産物の流通業務に従事し、その後、恩師の紹介で鹿児島大学に着任しました。以来25年間、ここ鹿児島で水産分野の教育と研究に携わっています。

研究者としてキャリアを積まれていた方が、なぜ自らスタートアップを創業しようと思われたのでしょうか。

江幡:私の行っている漁業研究は、漁業関係者と一緒に行います。漁協を通じて漁師さんと海に出るわけですが、その漁協で危機的光景をずっと目の当たりにしてきたからです。

それはどういう光景でしょうか。

江幡:漁協の職員は毎朝5時に出勤して魚の水揚げに立ち合います。例えば漁師さんが獲ってきた魚がマダイだったとすると、そのマダイの重さを一つひとつ測って、「マダイ・5.3キロ」などと紙に記録していきます。水揚げされた魚は一匹ずつセリを通じて販売され、その結果も全て紙に書き込んでいきます。漁協の職員の方々は山積みになった紙の伝票をパソコンに入力することに追われる、という光景です。

非常にアナログな作業が残っているのですね。

江幡:水産業における課題は山積みですが、特に漁協と仲買人をつなぐ産地市場の労働力不足は極めて深刻です。日本全国には、こうした漁協が1,000箇所以上存在します。小規模な漁協では職員が3~5人で人手不足の現状をずっと見てきました。

もし漁協が機能しなくなれば、どれだけ魚が獲れても水揚げすらできなくなり、私たちの食卓に魚は届かなくなります。日本の豊かな魚食文化を守るためには、まずこの人手不足を解消しなければなりません。「大量の紙に埋もれた市場業務をデジタル化し、現場を救いたい」――この強い思いが、私の起業の原点です。

獲った魚を載せるだけで魚の情報を一元管理できる計量システムで、特許も取得

御社が開発された「ZIFISHスマート計量システム」について、具体的にどのようなサービスなのか教えてください。

江幡:私たちが開発したのは、既存の計量器(はかり)にカメラ付きのタブレット端末を設置し、それを連携させた計量システムです。使い方は非常にシンプルで、漁師さんが獲った魚をはかりに載せ、タブレットの画面をタッチするだけ。これだけで、AIが画像から魚種を自動判別して体長を推定し、同時にはかりの重量を記録します。

このデータが、事前登録した生産者名、漁場名、定置網なのか底曳網なのかという漁法と紐付いて瞬時にデジタル化されるので、手書きは一切ありません。荷札ラベルも印刷可能です。

画期的ですね。これを導入することで、現場にはどのような変化が起きるのでしょうか。

江幡:最大のメリットは「省力化」です。従来は計量と記録のために3~5人がかりで行っていた手書きによる一連の作業が、この計量機がすべてやってくれますので、人が必要でなくなります。

実際にテスト導入していただいた地元・鹿児島県の高山(こうやま)漁協では、これまで祝日であっても出勤し、3人で対応していた現場を2人に減らすことができました。また手書きの伝票をパソコンに入力し直すという膨大な事務作業もゼロになり、非常に好評です。

一度ペーパーレスの便利さを知るともう紙には戻れない、とおっしゃっていただきました。

競合他社のシステムとは、どのような点が異なりますか。

江幡:「計量する」という機能だけを見れば、似たシステムは存在します。しかし、決定的な違いは「既存の会計ソフトへの自動連携」ができる点にあります。大手ベンダーが提供するシステムは、市場の改修に合わせて会計ソフトごと数千万円かけて刷新するような、大規模なものが主流です。しかし、全国に約1,000ある小規模な漁協に、それほどの予算はありません。

そこで私たちは、取得した計量データを自動でクラウドに上げ、各漁協がすでに使っている会計ソフトに合わせて自動入力する、という技術を開発しました。これにより、高額なシステム改修をすることなく、初期導入費用や月額使用料を低価格に抑えることでデジタル化を実現できます。

このシステムは、漁協以外に、産地の漁師さんや仲買さん側にもメリットがあるのでしょうか。

江幡:私たちは現在、水揚げされた魚のデータをクラウド上でリアルタイムに共有できる「水産物情報プラットフォーム」の構築を進めています。これが実現すれば、仲買さんや漁師さんの働き方は大きく変わります。

仲買さんは複数の魚市場から効率的に魚を仕入れることができます。魚の獲れる量は日々変動するため、これまでは、朝4時に起床して2〜3箇所の市場を直接回らなければ、何がどれだけ獲れたか把握できませんでした。導入後はスマホ一つで、市場に行く前に各拠点の水揚げ状況がわかります。無駄な移動を減らし、顧客のニーズに応じた魚を効率的に集めることが可能になります。

漁師さんにとっては、出漁判断の迅速化が図れます。これまでは、夜に漁をして明け方に水揚げし、翌日にならないと自分の魚の売値がわからないというタイムラグがありました。導入後はせり落とされた価格が、当日のうちにスマホで確認できます。「価格が高いから明日もこの魚を狙おう」「安いから明日は休もう」といった、翌日の出漁計画を市況に対応しながら立てられるようになります。

まさに「三方よし」のシステムですね。現在はどのようなフェーズにあるのでしょうか。

江幡:2025年7月末にこのシステム全体の特許を取得し、いよいよ本格展開の時期に入りました。現在は、鹿児島県だけでなく、静岡県や三重県などからも引き合いがあり、テスト導入を進めています。それぞれの地域でセリの方法や商習慣が異なるため、現場の声を聞きながら細かなチューニングを行っている最中です。

スマート計量システムスマート計量システム

国内1000の漁港から世界の海へ。水産物流通の新しいインフラを目指す

今後の事業展開について、中長期的なビジョンをお聞かせください。

江幡:まだ鹿児島県内だけですが、これから九州、西日本と徐々に北上し、全国の漁協にこのシステムを普及させ、水産物流通の新しいインフラにしたい、と考えています。まずは鹿児島県内をはじめとして少なくとも10箇所での導入を目指し、そこからどんどん広げていく計画です。

海外展開も考えていらっしゃいますか。

江幡:海外展開もすでに動き出しています。特に東南アジアでは漁獲データの管理が未整備な国が多く、タイやマレーシアの政府関係者から強い関心をいただいています。先日もタイ・プーケットの漁港で実証実験を行いましたが、水産庁の職員などたくさん関係者が集まるというので、このシステムを英語版にして持って行ったのです。

そこでの反響は?

江幡:タイでは、言葉の壁を越えて容易に操作できるUI(ユーザーインターフェース)が高く評価されたのですが、これは、今までこのシステムの開発をやってきて一番重視した点でした。起動もセッティングも簡単、ただ押すだけなど、ユーザーが最も使いやすく、余計なストレスがないような形を徹底的に追求してきたので、それがタイの方たちにも同じように響いた、という実感が得られました。

この研究プロジェクトは、これまで国際共同研究を行ってきた大学や研究機関とのつながりによって実現したのですが、これを足掛かりに、もっと海外にも広げていきたいと思っています。

ICTスタートアップリーグの採択も、そうした展開の追い風になりそうですね。

江幡:そうですね。私は鹿児島県を拠点にしていますが、全国、そして世界へ普及させるためには、志を共にする仲間が必要で、各地域で核となる人材との出会いに期待しています。

最後に、この事業を通じて成し遂げたい「夢」を教えてください。

江幡:私は魚が大好きで、魚の力でこの国を幸せにしたいのです。日本には500種類以上の魚がいて、世界に類を見ないほど多種多様な魚食文化があります。しかし、資源的にみると、もう魚の量は増えません。だからこそ、このシステムを通じて一匹一匹の魚の価値を高めていきたいのです。

例えば、「神経締め」などの処理を施すことで、魚の味が劇的に変わることが分かっています。しかし、これまでブランド化された魚以外は、その細かな努力が価格に反映されにくかったため、漁師さんも半ば諦めていました。ですが、この水産物情報プラットフォームを使えば「誰が、どのような処理をしたか」や「魚体にキズはないか」というような情報までひと目で分かるので、その付加価値を目に見える形で消費者に直接届けることができます。

このように、地方の漁師さんが誇りを持って稼げる仕組みを作り、消費者がおいしい魚を食べて笑顔になる、そんな未来を作るために、私は一生をかけてこの事業をやり抜くつもりです。

スマート計量システムを用いた水揚げスマート計量システムを用いた水揚げ

編集後記
インタビューの終盤、江幡氏は「おいしい魚を食べると、人は自然と頬が緩んで笑顔になるでしょう?」と少年のような笑顔で語った。その言葉には長年、水産学に身を捧げてきた研究者としての矜持と、一人の魚好きとしての純粋な愛があふれていた。
大学の准教授としての業務をこなしながら、平日の夜や休日をすべて会社の事業に充てる生活は、決して楽ではないはずだ。しかし、彼を突き動かすのは「このままでは日本の食卓から魚が消えてしまう」という強い危機感と、「仲間と共に地域を良くしたい」という情熱だ。
「鹿児島に骨をうずめて、これをやり続ける」と断言する江幡氏。その覚悟と、現場視点で磨き上げられた「ZIFISH」のシステムは、間違いなく日本の、そして世界の水産業を次世代へとつなぐ架け橋となるだろう。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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