コラム
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デジタルツイン技術で作物の品質均一化を目指すスマート農業ソリューション【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:株式会社きゅうりトマトなすび】

農業従事者の減少や猛暑などの異常気象により、農作物の品質・価格の安定化が困難になっている昨今。株式会社きゅうりトマトなすび代表取締役CEOの佐々木佑介氏は、農作物にも人間と同じように“健康診断”を行うことで問題の解決に取り組んでいる。

これまでは、勘や経験に基づいて作業の整備方針が決められていた生産現場にデジタルテクノロジーを導入。生育状態を自動的に把握、3D解析によって数値化し、最適な栽培判断や収穫時期をレコメンドするシステムを開発した。生成AIを駆使したスマート農業ソリューションで、国民の食生活を支えることが同社のミッションだ。

学生時代に1度目の起業&就職を経験

農業という分野に関心を持つようになったきっかけは?

佐々木:私は東京大学工学部物理工学科の学部生の時に1年間休学していまして、その間に一度目の起業をしました。動画制作の他に、当時流行り出していたバーチャルユーチューバーの裾野を広げるような事業をやっていて、それに関連して「ゆるキャラの次を考える」という地方創生事業に携わりました。そこでLINEの使い方も分からない高齢者の方々を見ているうちに「本当に初歩的なデジタル技術でも、一次産業中心の町を大きく変える可能性があるんじゃないか?」と感じたんです。

その後、大学院で高知県の施設園芸研究と連携している技術分野に触れ、農業試験場の方々との会話などから多くの興味深い話を聞いて、どんどん関心が高まりました。

なぜ学生時代に起業しようと思ったのですか?

佐々木:高校生ぐらいまでは具体的に「何になりたい」というのはなかったんですが、漠然と社会を大きく変えるようなことをしたいとは思っていました。大学入学後、そのためには大企業に就職するか自分で会社を作るかの二択だと考えた時に、卒業してからだと選択肢が限られてしまうので、大学時代に起業するしかないと思ったんです。でも、やってみたらなかなかうまくいかなくて、1年半ほどで閉じることになりました。

その後、在学中に株式会社JDSCにデータサイエンティストとして関わるようになった理由は?

佐々木:JDSC(Japan Data Science Consortium)は東大発のAIスタートアップで、大学院の先生が顧問を務めていたご縁から、修士課程の1年時から約4年間お世話になりました。起業に失敗した経験から、社会のことをもっとよく知った方がいいなと思ったのと、在学しながら就職できるという点に良さを感じて勉強させていただきました。

現在の会社を立ち上げることになった経緯は?

佐々木:JDSCの仕事と並行して大学院でスマート農業の研究に取り組みながら、もう一回起業することを模索していました。社内ベンチャーも考えましたが、同社で社会や事業の実情を学ぶ中で一次産業に関わるようなプロジェクトを組成しようとしても、予算や規模設計の面で実現が難しいと判断。独立して起業することを決断し、博士課程およびJDSCの研究仲間だった石塚達也、松井誠泰と共同で2023年7月に株式会社きゅうりトマトなすびを創業しました。

設立時から推進しているコア事業は?

佐々木:社名にもあるキュウリ、トマト、ナス向けの栽培ソリューションを創業当初から開発し、現在も中心的な取り組みとして継続しています。夏野菜の代表格であるこの3品目は1年を通して栽培を回す必要がありますが、近年は夏にあまり出回らず価格が高騰。いかに夏を越すかが重要な課題になっていて、蓄積したデータをもとに高度な栽培管理技術が求められる領域です。

ところが実際の農業の現場においては、センサーを導入している生産現場は限られますし、補助金などでセンサーを導入してデータは取得していてもそのデータを確認したり、精査したりせず、結局は経験や感覚に頼って整備方針が決められているケースが多く見られます。

一方、私たちのソリューションは花のサイズや実の生長、茎の太さなどの形質情報を記録して栽培判断に生かすことがコアコンセプトであり、植物の状態を把握して健康診断のように管理できるという点が特徴です。

2026年1月リリース予定の農業特化型AIエージェントシリーズ2026年1月リリース予定の農業特化型AIエージェントシリーズ

地方自治体と連携して茶や果樹など幅広く展開

スタートアップリーグでの研究テーマ「シイタケほ場のデジタルツインに基づいた栽培管理支援システム」を開発しようと思った動機は?

佐々木:知り合いの起業家から紹介されたシイタケ農家の方とお話しする中で、弊社のソリューションが活用できる余地があると判断し、研究開発を始めました。菌床で育てるシイタケは、収穫適期や害虫対策のための芽かきのタイミングなどに「形」に関する情報が重要なため、同システムと相性が非常に良いと思ったんです。

どのようなシステムか教えてください。

佐々木:まず、週1〜2回の頻度で農場内を撮影しますが、ロボットによる安定した自動撮影とコストを抑えた手押し撮影の二通りから選ぶことができます。撮影したデータは、当社がセットアップしたカメラからクラウドにアップロード。3D処理や解析が行われ、その結果をタブレットやパソコンで閲覧可能な形で提供します。現在は試験的運用段階で、完全な実装・判断できる段階には至っていません。

岩手県紫波郡の農家で行われている実証実験では、どのようなフィードバックが得られましたか?

佐々木:生産者の方が解析結果をもとに生育状態を現場で視認する際、タブレットを携帯して行うと作業性が落ちてしまいます。代替手段としてヘッドマウントディスプレイやVRを用いた方法も試していますが、装着感の重さなど運用上の問題点が上がってきているので、それらを踏まえた改良が必要です。

2026年から本格運用の予定だそうですが、販売ルートやターゲットの想定は?

佐々木:農地面積が概ね50a(5,000平方メートル)以上の施設園芸農家様を、主なターゲットに想定しています。該当数は多くないものの、中規模以上の農家は自治体と比較的良好な関係を築いているため、自治体からの紹介を主要な流通ルートにしたいと考えています。また、実際に使用される生産者の方々がAIの技術などに明るくなくても、誰でも普通に使いこなせるようなシステムを構築しています。

この栽培管理システムは野菜やシイタケ以外にも適用できるのですか?

佐々木:私たちのデジタルテクノロジーをお茶や果樹の栽培、管理に活用することができないか、という相談を日本各地の自治体から受けております。愛知県とは「あいち農業イノベーションプロジェクト」で採択されたてん茶栽培に関する開発を行う予定で、青森県八戸市からはワイン用のブドウの栽培DXパートナーに採択されました。

果樹栽培は施設園芸や畑作とは異なる撮影環境や樹の配置がモニタリングするうえで課題になりますが、樹形の仕立て方の検討などにおいても弊社のソリューションが貢献できる可能性が高いと感じています。

実際のシイタケ圃場でのVRグラス利用の様子実際のシイタケ圃場でのVRグラス利用の様子
収穫適期判定を用いたシイタケの収穫ガイド収穫適期判定を用いたシイタケの収穫ガイド

アジアナンバーワンのアグリテックカンパニーを目指す

栽培管理システムに続くプロダクトの計画はありますか?

佐々木:生成AIを使った農業向けソリューション、いわばChatGPTの農業版のようなエージェントの開発を始めています。ほ場や作物の状態診断と日々の作業日誌をつなげて、その日の作業内容や健康状態を把握できる仕組みとして展開していく計画です。すでにベータ版で実証を進めていて、2026年1月に正式リリースする予定になっています。

自社の技術でどのように社会を変えていきたいですか?

佐々木:農業と食は生活に直結する分野であり、生産性の向上は国民の暮らしに大きな影響を与えます。いわゆる「令和の米騒動」の要因は複数あって、精密な診断が行われていないことや大規模化による人手不足、流通や仲卸・中小業者との連携不足が収量の低下や価格の上昇を招いていると認識しています。そこで、生成AIを活用して生産から流通までをつなぎ、情報の非対称や効率の悪さを解消すれば、同様の価格危機を防ぐことに貢献できるのではないかと考えています。

会社として将来的に目指す姿は?

佐々木:アジアでナンバーワンのアグリテックカンパニーを目指しています。他のスタートアップより時間がかかる業界であると認識していますが、品目共通のAIプラットフォームを提供することで事業拡大を図っていくつもりです。

海外での事業展開については?

佐々木:もちろん、海外にも進出していきたいと思っています。世界をターゲットにする場合、施設園芸大国であるオランダ、スペイン辺りとどう絡んでいくかが大きなポイントになるでしょう。ただヨーロッパは気候が比較的安定しており、大半がモンスーン気候の東南アジアとは事情が異なります。よって、東南アジア圏の気候や現地条件に合わせた新規施設の建設や導入に、うまく関与していくことが得策かと。

とは言っても、現時点では技術の安定化が最優先。短期の小規模実証で収量が数%増加し、病虫害検知率と管理工数の改善が確認できました。これらの効果が年単位の一作分を通しても継続して現れることを確かめてから、海外展開を検討したいと考えています。

スタートアップリーグに参加してみて感じたこと、今後期待したいことは?

佐々木:一部資金の提供を受けながら開発を進められたことや、補助金関連のサービス運営者ともつないでいただいたことは、大変ありがたかったです。また同じ採択者の方々と密に意見交換し、チームのように協力して取り組んでこられたことも、非常に大きかったですね。

私たちのように地方自治体と積極的に連携したい事業者は、他にもたくさんいると感じています。しかし、都心を中心とした強固なネットワークは存在する一方で、物理的距離のある地方ほどつながりにくく、各社が個別で当たるのは困難です。説明会の開催など、地方の公共団体との接点を作っていただける支援があると、とてもうれしいですね。

ナス農場での撮影の様子ナス農場での撮影の様子

編集後記
佐々木さんに野菜の名前をそのまま社名にした理由を聞いたところ、同社で取り組み始めた最初の3品目であるということに加えてこう答えてくれた。
「農業系の会社の場合、稲作系か果樹系かなど、どこに軸足を置いているのかを社名で見分けられることが多いんです。それで施設園芸作をやっている会社だということが、かなり分かりやすいかなと思いまして」
ところが現在は野菜だけでなく、シイタケや果樹、お茶などにも対応しているため、「品目を付け足してもっと長くするか、あるいは改名しようか」と思案することもあるとか。事業拡大に伴ううれしい悩みと言えそうです。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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