コラム
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「一人称視点」から「俯瞰視点」へ――ハイパーデジタルツインが挑む、ロボット自動走行の革新【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:株式会社ハイパーデジタルツイン】

商業施設や物流現場などで稼働する従来の自律移動ロボットの視点は、内蔵されたカメラやセンサーによる一人称。株式会社ハイパーデジタルツインが開発したのは、それとは対照的に空間側に「目」と「頭脳」を置いて俯瞰的に環境を把握するという“リアルタイムデジタルツイン技術”だ。

同技術によって自動運転機能を得たロボットは、人や障害物、危険な状況などを事前に検知し、回避しながら運行することが可能。信号が無いような交差点でも、空間側で通行人や車両を認識できるため、公道や建物間など屋外でも活用できる。同社COOの長谷川大貴氏によると、今後は超高齢化時代に向けて、ライドシェア用シニアカーなどのマイクロモビリティや様々なワーキングロボットへの展開も進めているという。

株式会社ハイパーデジタルツイン代表取締役社長伊東敏夫氏(写真左)と同社COO長谷川大貴氏株式会社ハイパーデジタルツイン代表取締役社長伊東敏夫氏(写真左)と同社COO長谷川大貴氏

芝浦工業大学認定ベンチャー1号として起業

今の会社を始めるまでの職歴を教えてください。

長谷川:私は香川県の三豊市という田舎町の兼業農家で生まれました。すごくのんびりしたところで育ったこともあって、将来やりたいことも特にないまま、のほほんと生きていましたが、資源とか環境とかに少し興味があったのと、校風が自由そうだったので京都大学工学部の土木系地球工学科から同大学院工学研究科へと進みました。就職に当たっては、新卒で入るなら大学で勉強してきたことが生かせる会社がいいのではないかと思い、土木系のエンジニアとして2011年4月に東京電力に入社しました。

東日本大震災の1カ月後という、とても大変な時期に入社されたんですね?

長谷川:おそらく、内定をいただいた時と入社した時期のギャップが日本一大きかった企業だと思います。震災直後は原子力発電所の停止に伴う、緊急の火力発電所の建設工事などを担当しました。非常に重要な業務に携わり、やりがいを感じることもできたのですが、経営側や本部の判断やビジネス全体の考え方については私自身、何も分からなかったんですね。そもそも末端の技術者には情報も降りてきませんし。それで経営やビジネスについてちゃんと勉強したいというか、体験したいなと思って経営コンサルティングファームに転職しました。それが最初の大きな転機になりました。

入社の時期が違っていたら、もっと長く東京電力に勤めていましたか?

長谷川:私は安定志向があまりなかったので、東京電力にずっといるつもりは実は当初からありませんでした。電力会社では発電所や変電所を新設する際、一番早く現地に入って測量などの業務に取り掛かるのが土木系エンジニアなんですね。私も就職の際に考えていたことは、会社が海外で発電所を建設するときに真っ先に行けるなと思い、海外で活躍できるかもと思って応募していまいた。ただ、震災によってその機会がなくなったため、2年半ほどで退職することを決めました。

2社目のデロイト トーマツ コンサルティング合同会社では、どのような仕事を?

長谷川:新たなスタートを切るなら一度、関西に戻ろうと思って転職先を探していたら、たまたまデロイトの大阪オフィスで募集があって、そちらで採用されました。本当に下っ端からの再スタートでしたが、ゼネラリスト的にM&AやITなど多様な業務を経験することができて非常に良かったと思っています。その頃は「将来的にはこの会社でマネージャーやパートナーになっていくのかな」と漠然と考えていたのですが、約5年後に株式会社エクサウィザーズへ移ることになりました。

次に、AIのスタートアップ企業を選んだ理由は?

長谷川:会員制の転職サイトを通じて、西日本事業の立ち上げメンバーの責任者を募集していることを知りまして。若いフェーズで事業を一から作れるという希少なチャンスに引かれたのと、AIで社会課題を解決するというミッションにも、すごく共感したんですよね。それで社長と会って話をして、転職を即決して以降は、執行役員として西日本事業の拡大に注力してきました。

3社目から起業に至る経緯は?

長谷川:4年半ほどの在職中、京都にオフィスを構えて京大と共同研究を進めていたことがあって、その際に当時は京大准教授で、現在は弊社のCTOである新熊亮一と知り合いました。西日本事業の責任者としてIPOを経験後、新しい会社・若い会社に関わりたいと思い、執行役員を降りてインキュベーション室にいた頃でした。同時期に新熊が芝浦工業大学に移ることになったので「会社を一緒にやりましょう」という話から、同大学認定ベンチャー第1号として、2022年5月に株式会社ハイパーデジタルツインが設立されました。

HDT技術とコンセプトHDT技術とコンセプト

自動運転機能をアウトソースするという新たな発想

ロボットにデジタルツインをリアルタイムで活用すると、どういったことが可能になるのですか?

長谷川:商業施設や物流現場などで稼働するロボットなどは、あらかじめ初期のマップを所得して、そのマップやルートがセットされた状態で内蔵しているセンサーやカメラを頼って走行しています。これは一人称の視点で動いているので、例えば段ボールが置いてあったとか、マップにはなかったイレギュラーな状況に直面した場合、視界に入って初めて「迂回しよう」となる訳です。

我々が考案した「インフラ管制型のロボットの自動走行機能」は空間側に“目”と“頭脳”を置いて、俯瞰的に環境を把握する方式を採用しています。障害物や人の密集などを事前に検知して、最適なルートを選ぶことができるため、混雑を回避したり、作業の妨げを防止したりすることが可能になります。

何より、曲がり角などから人が飛び出してくるといった危険も死角なく予測できて、事前に減速・停止するなどの対策が取れるという、より高精度で安全な自動運行が実現できる点が一番のアドバンテージですね。

自動運転機能をアウトソースするという発想は、なぜこれまで存在・実現しなかったのでしょう?

長谷川:昔からよくある自動運転支援の取り組みというのは、複数の会社の連携が前提になります。例えば電柱にカメラを設置して反対車線の危険を知らせるようなケースでは、自動車メーカーと通信・電力会社のどちらか一方だけでは成立しないため、支援だけではなかなか普及が進まず、自動運転の活躍領域が狭まっていたのではないかと考えられます。

どのような手法で、そうした問題を解決したのですか?

長谷川:いろいろなやり方があると思いますが、我々の手法はごくシンプルです。LiDARと呼ばれるセンサーを空間側に設置することで、物理空間の情報を直接取得してロボットに伝えることで汎用性を確保しており、幅広い対応が可能です。そして、その蓄積した空間データを基に、人や障害物を検知してAIに活用することもできます。AIの進化を取り込みつつ、AIに頼り切らない独自の強みを発揮できるという、他の手法では難しいユニークな優位性があると思います。

技術面においては、いかがでしょうか?

長谷川:エッジコンピューターやAI、ロボット制御、さらには通信など複数の技術領域が絡むため、全体設計が難しくなり、全て自前でやろうとすると非常に技術的な難易度が高いことを実現しています。その点、弊社ではCEOである伊東敏夫が得意とする制御系に関する知見も生かしながら、データ取得からエッジ処理、AI分析、ロボット制御までをエンドツーエンドでつないで高速化、ソリューション化しています。

情報処理のスピードという点では、秒単位で遅れが生じてしまうと事故を招くなどの致命傷にもなり得るので、人間が判断する速度より速く、低遅延で集約・判断して制御に反映するリアルタイム性が重要です。我々が活用している「LiDAR」という技術は、大きくて重たい点の集合体のデータを取得するため、通常リアルタイム性の必要な処理は困難ですが、複数のLiDARセンサーを統合し、一つの空間にしてリアルタイムで処理、ロボットへ返すことを弊社技術により可能にしています。

国際ロボット展での展示国際ロボット展での展示

国際ロボット展で「インフラ管制型自動走行」を発表

今年の1月には羽田空港に隣接する大規模複合施設「羽田イノベーションシティ」で、道路を横断するロボットの自動制御の実証実験が行われましたね?

長谷川:以前から弊社のセンサーを羽田イノベーションシティに常設させていただいており、それが使える状態になったので検証を行いましょうという話になり、鹿島建設株式会社、羽田みらい開発株式会社、芝浦工業大学と共同でロボットの制御に活用させていただきました。

今後の研究、開発にどのようにつなげていきますか?

長谷川:もともとはエリアごとに自動運転車両が運搬を担うということで、エリア間を跨ぐ際に信号のない横断歩道ではロボットが安全に渡れず、エリア単位でしか運用できないという制約が生じていました。1台のロボットが複数エリアをまたいで運行することができれば、より活動範囲が広がり、運搬効率が向上します。そのために環境をセンシングして人や車両の有無を検知し、ロボットに「渡ってよし」(進行可能)と指示する仕組みを導入していきます。将来的には鹿島建設と協力して、公道やビルとビルの間をまたぐ運行を含めたスマートシティの実現に向けた共同実証を行っていきます。

さらに、マイクロモビリティや自動車にも活用されるそうですね?

長谷川:まずは、時速6km以下で歩道を走行できる低速モビリティや配送ロボットなどを当面の対象として、工場や倉庫、商業施設など幅広い現場での活用を優先しているところです。その後、交差点などのインフラとの接続、自動車との連携も中長期的には段階的に進めていこうと考えています。

すでに導入が進んでいる工場や施設もあるのですか?

長谷川:はい、あります。12月3日から6日まで東京ビッグサイトで開催された「2025国際ロボット展」にスズキ株式会社と共同で出展しました。

リアルタイム空間データを活用した「インフラ管制型自動走行」のデモンストレーションを行い、初めて大々的にお披露目することができました。スズキ株式会社様の工場での活用も検討が進んでおります。現在、導入を希望する工場や企業から引き合いも来ているので、来年には実際に導入され走行している状態まで持っていく予定です。

超高齢化時代への対策としても適応できるそうですね?

長谷川:高齢者が自分で運転できる電動スクーターのシェアリングを考えた場合、乗り捨て場所や回収の手間といったラストワンマイルの課題があります。そこで、モビリティが自動で帰還・充電される仕組みや、呼び出しで指定場所へ来る機能があれば、駅前での待機や効率的な運用が可能になり、新しい形のライドシェアモデルが構築できるでしょう。現在自治体などと議論を重ねつつ、実証実験を通じてその価値の検証を進めています。

また、今のシェアリングは利用者が任意のポートに返却できることから、拠点間で在庫の偏りが生じて、台数調整のためのトラック輸送などの運営コストが大きくなっています。各ポートに自動返却を促す仕組みを入れて、モビリティ自身が最適な返却先を判断して移動するようになれば、ピストン輸送の負担やコストの削減も期待できます。

会社をどのようにして成功へと導いていきたいですか?

長谷川:我々の仕組みは従来と逆転する発想でもあるので、社会に浸透するには時間がかかると思われるかもしれません。でも過去のロボットやWi-Fiなど、登場した当初は珍しかったものも次第に基盤化していきました。それと同じようにできるだけ早く、世の中に普及させることがミッションだと考えています。

最終的に目指す社会像としては、ロボットの導入によって人の負担が軽減されて安全性が高まり、より良く働ける環境が整うこと。さらに、この事業は言語を問わずどんどん展開できるので、高齢化先進国である日本で成功させた後には、人手不足の解消や成長を目指している海外の国々の労働力の改善に貢献したいです。

それと、大学生がベンチャーに飛び込んできて成長する場としても会社を整えていきたいですね。そのために社内的には、創業メンバーのエンジニアや今の若い社員たちが活躍し続けたり、成功する体験、そこから更に新しいことを生み出すといった好循環を築くことを重視したい。大学発ベンチャーでも短期間で大きな成功や収益を出せると示すことで、将来の起業や研究の選択肢を広げることも強く望んでいます。

インフラ管制型自動走行デモインフラ管制型自動走行デモ

編集後記
現在COOを務めている長谷川氏は「技術をビジネスに変えるミッションは非常に難しく、だからこそ価値がある」と言う。企業側は技術をどう使えばいいか分からないことが多く、技術者側は使い方まで提案・教育するのが負担になる。また技術者が経営まで兼務するとリソースが分散してしまうため、彼らは本来の研究・開発に専念できると良いケースもあるのではと起業後に改めて気付いたそうだ。技術者側と企業側、双方の経験がある自分が両者をつなぐ役割を担うと共に、ビジネスを一手に引き受けることで、より速く・より良いプロダクトを世に送り出せると確信している。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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