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成層圏から日本を「見守る」次世代インフラ――飛行船×ロボット工学で挑む地球観測の革命【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:SkySense合同会社】

人工衛星による宇宙からの観測と、航空機による空からの撮影。現在の地球観測データ市場には、この二つの間に大きな「空白」が存在する。

衛星は広範囲を見渡せるが、解像度が低く、また軌道上を周回しているため「今、この場所を見たい」というタイミングで撮影することが難しい。一方、航空機は高解像度での撮影が可能だが、チャーターコストが莫大で、常時監視や頻繁なデータ更新は現実的ではない。

このジレンマを解消する「ミッシングリンク」として、高度20kmの成層圏(ストラトスフィア)を活用したHAPS(High Altitude Platform Station:高高度プラットフォーム)が、世界中で注目を集めている。

そのHAPS開発競争の中で、あえて主流の固定翼機ではなく、「飛行船」というアプローチで挑むのがSkySense合同会社だ。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)の技術を受け継ぎ、現代のロボット工学とAIで再定義されたその次世代飛行船は、行政DXから国防、災害対応まで、日本の空のインフラを根底から変えようとしている。

カザフスタンに生まれ、日本でロボット工学を学び、現在は日本国籍を持つ異才のエンジニア、アドディン・パヴェル代表に、そのキャリアと壮大なビジョンをうかがった。

MUGENLABO UNIVERSEにおけるPoCに関する発表を行うパヴェル氏MUGENLABO UNIVERSEにおけるPoCに関する発表を行うパヴェル氏

「ジブリ」への憧れと、ロボット工学の深淵

まずはパヴェルさんの経歴からお伺いしたいのですが、ご出身はカザフスタンで、2008年に来日されたそうですね。

パヴェル:はい。高校卒業後、文部科学省の奨学金制度を利用して来日しました。きっかけは同時通訳をしていた母の勧めです。母が日本大使館のイベントで通訳の仕事をした際に奨学金の存在を知り、「こんな制度があるから受けてみたら?」と言われました。

その当時、日本という国にはどのようなイメージをお持ちだったのですか?

パヴェル:それが、正直に言うと、日本語を勉強していたわけでも、当時は日本のアニメや武道といった文化に特別詳しいわけでもなく、強い憧れがあったわけでもないんです(笑)。高校でも専門的な工学教育を受けていたわけでもありませんでした。「受かったらラッキーかな」という、本当に興味本位での応募でした。

意外にも、スタートはかなり軽い動機だったんですね。とはいえ、日本を勉強せずに、いきなり日本の大学で工学を学ぶというのは、相当なハードルだったのではないでしょうか?

パヴェル:それはもう、本当に大変でした。来日当時はひらがなが読める程度で、会話なんて全くできませんでしたから。

この奨学金の学部留学生プログラムは、大学入学前の1年間、予備教育として日本語や基礎科目を集中的に学ぶことが義務付けられているんです。その1年間は、世界中から集まった留学生と一緒に、日本語をたたき込む毎日でした。その猛勉強のおかげで基礎ができ、その後、東京工業大学に入学して「機構学」を専攻することになります。

機構学とは、具体的にはどのような分野なのでしょうか?

パヴェル:簡単に言うと「からくり」を研究する分野ですね。機械がどう動くか、どういう仕組みで力を伝えるか、といったことを設計・解析します。私は幼い頃からレゴブロックでゼロから物を作るのが大好きで、車をいじったりするよりは、新しい構造を考えることに夢中になる子どもでした。だから、ロボットのハードウェア開発に直結する機構学は、まさに自分にぴったりの分野だと感じましたね。

大学院修了後は、どのようにキャリアを積んでいったのでしょうか?

パヴェル:修士課程修了後、まずは「ロボットといえばここだ」と思い、安川電機に入社しました。開発研究所で、新しいロボットを生み出すための機構設計に従事し、エンジニアとしての基礎を磨きました。その後、2019年にソニーへ転職し、まだ立ち上げ段階だったAIロボティクスプロジェクトに参画しました。そこでは1人目の社員として、研究所の立ち上げから組織作り、採用まで、大企業の中にいながらスタートアップのような経験をさせてもらいました。

なぜ今、「飛行船」なのか?――失われた技術の再定義

そんなパヴェルさんが、ソニーでのキャリアを経て、なぜ「飛行船」での起業に至ったのでしょうか。やはり、以前から温めていた構想があったのですか?

パヴェル:正直に言いますと、最初はビジネスとか事業とかではなく、「飛行船に乗りたい」という個人的なロマンから始まりました(笑)。ジブリ映画やスチームパンクの世界に出てくる飛行船が好きで、「なぜ現代には飛行船が飛んでいないんだろう?」と純粋な疑問を持ったのが出発点です。

でも、エンジニアとしての視点で飛行船を冷静に分析していくうちに、これが単なるロマンではなく、現代の課題解決に極めて合理的なソリューションであることに気づいてしまったんです。

合理的、といいますと?

パヴェル:現在、成層圏プラットフォーム(HAPS)の開発競争が進んでいますが、大手通信事業者などが進めている主流は飛行機型(固定翼機)です。しかし、飛行機は揚力を得るために常に翼に風を受け続けなければならず、飛び続けるために多くのエネルギーを消費します。また、旋回はできても、空中のある一点に留まることはできません。

対して飛行船は、ヘリウムガスなどの浮力を使うので「浮くためのエネルギー」がゼロなんです。そのため、エネルギー効率が圧倒的に良く、空中でピタッと静止(ホバリング)して、カメラを一点に向け続ける「定点観測」が可能です。

なるほど。ただ、風のある空中で「静止」し続けるには、かなり高度な制御が必要になりそうですね。そこに、パヴェルさんが学ばれてきたロボット工学や機構学の知見が生きているのでしょうか?

パヴェル:はい、まさにその通りです。 飛行船を風に流されないようにするには、刻一刻と変わる風に合わせてプロペラの向きや出力を緻密に調整し、常にバランスを取り続ける必要があります。単なる風船ではなく、精密な機械として設計し、制御する。その点において、私の機構学の知見や、メーカーでのロボット開発の経験が今の技術のコアになっています。

さらに、安全性(機能安全)の面でも有利だとか。

パヴェル:はい。飛行機型の場合、エンジンが止まったりエネルギーが切れたりすると墜落のリスクがありますが、飛行船は浮力で浮いているので、万が一推進機が故障しても落下せず、ゆっくりと降下するだけです。この「落ちない」という特性は、航空局の認証を取得する上でも非常に大きなアドバンテージになります。

それほど合理的でメリットが多いなら、もっと普及していてもおかしくないように思えます。なぜこれまで、同じような活用方法は実現していなかったのでしょうか?

パヴェル:その理由は大きく二つあります。一つは技術的な壁です。

2000年代にJAXAが進めていたプロジェクトでは、当時のバッテリー技術の限界が壁になりました。太陽光発電ができない夜間に滞空するためのエネルギー密度が足りず、それを補うためにバッテリーを積むと機体が巨大化してしまい、技術的に成立しなかったのです。

しかし今は、リチウムイオン電池の進化や素材の軽量化、ソーラーパネルの効率化が進み、その技術的ハードルをクリアできる環境が整いました。私たちはJAXAからの技術移転を受け、過去の貴重な知見に現代の技術を掛け合わせることで、かつて不可能だった「実用的な成層圏飛行船」を実現しようとしています。

またもう一つは市場性の問題です。当時は通信用途がメインで民間需要が見えにくかったのですが、現在は地球観測データのビジネス活用が進んでおり、ビジネスとして成立する「今やるべき理由」が揃っていると考えています。

飛行船型HAPS(成層圏プラットフォーム)飛行船型HAPS(成層圏プラットフォーム)

行政DXから国防まで――「空のデータ」が社会を変える

SkySenseの飛行船が実用化されると、具体的にどのような社会課題が解決されるのでしょうか。

パヴェル:私たちが提供しようとしているのは、衛星よりも高解像度で、航空写真よりも圧倒的に安価な「地球観測データ」です。現在、このデータを最も必要としているのは、自治体や行政機関です。

例えば、自治体の「固定資産税評価」業務。毎年、家屋の増改築や新築がないかを確認する必要がありますが、現在は高額な航空写真を撮るか、職員が現地を歩いて調査しています。また、「森林管理」においても、木の種類や高さを把握するために膨大な労力がかかっています。私たちのデータを使えば、これらをAIで自動かつ安価に把握でき、行政コストを大幅に削減できます。

まさに「空からのDX」ですね。災害大国である日本においては、防災面での期待も大きいのではないでしょうか。

パヴェル:はい。国の方針として「発災から2時間以内の状況把握」が求められていますが、地震や悪天候直後は飛行機やヘリが飛べないことも多いですし、衛星はタイミングが合わなければ撮れません。

私たちの構想では、将来的に全国に45~50機の飛行船を配備する計画です。これにより、日本のどこで災害が起きても、2時間以内に現場上空へ到達し、リアルタイム映像を届けられる体制を目指しています。雲の上(成層圏)からであれば悪天候の影響も受けにくく、広範囲を持続的に監視できるため、救助活動や復旧計画の初動に大きく貢献できるはずです。

なるほど。技術的な壁を越えて「長時間、定点に留まれる」ようになったことが、災害大国である日本においては、そのまま「国民の安全を守るインフラ」になるわけですね。先ほどおっしゃっていた「今やるべき理由」が、非常に腹落ちしました。これほどの監視能力があれば、防衛や安全保障の分野でも活用できそうです。

パヴェル:まさにその通りです。昨今の国際情勢を鑑みると、国境や離島の監視は喫緊の課題です。一度打ち上げれば半年間も上空に留まり、24時間365日、無人で国境を見張り続けることができる飛行船は、日本の防衛能力を底上げする「空の監視塔」になり得ると考えています。

飛行船型HAPSの構成要素飛行船型HAPSの構成要素

2028年の量産化へ――ICTスタートアップリーグと共に

今年度、ICTスタートアップリーグに採択されました。今後の開発ロードマップをお聞かせください。

パヴェル:現在はシードラウンドの資金調達を進めながら、要素技術の開発を行っています。まずは小型飛行船のMVPを開発しつつ、高高度気球を使った成層圏からの撮影実証を行い、高解像度撮影の実証データを蓄積します。その後、飛行船を段階的に大きくしていき、必要な機能の追加および飛行実証を重ねていきます。

目標としては、2028年~2029年頃の量産化を目指しています。航空宇宙開発としては非常に野心的なスケジュールですが、スタートアップとしてのスピード感を持ち、認証取得などのハードルを早期にクリアしていきたいと考えています。

リーグへの採択が、その加速装置になりそうですね。

パヴェル:はい。航空宇宙のようなディープテック領域、特にまだ試作機が完成していない段階では、資金調達や協業パートナー探しに苦労することが多いのが現実です。そんな中で、国(総務省)のプログラムに採択いただけたことは、対外的な信用力という面で非常に大きな後押しになっています。「第一の実績」としてこれを足がかりに、資金調達や自治体とのパートナーシップを拡大していきたいですね。

技術的な可能性、そしてビジネスとしての勝機もそろった今だからこそ、日本で挑戦する意義があるわけですね。それでは最後に、改めてうかがいます。きっかけは「興味本位」での来日だったとのことですが、今、日本に来てよかったですか?

パヴェル:めちゃくちゃよかったと思いますよ。もう今となっては、他の国には住めないような気がしています(笑)。

実は、私は5年ほど前に日本国籍を取得しているんです。日本の食も文化も大好きで、本当に住みやすい国だと思っています。お母さんの勧めがなければこうはならなかったと思うと、不思議な運命を感じますね。

第二の故郷であるこの国の空を、私たちの技術で守り、豊かにしていくこと。それが私の夢であり、SkySenseのミッションです。

高解像度地球観測の実証結果高解像度地球観測の実証結果

編集後記
「ジブリの飛行船に乗りたい」――少年のように目を輝かせて語るパヴェル氏の姿と、その口から語られる緻密な物理計算と市場戦略のギャップに、取材班は一瞬で引き込まれた。カザフスタンから来日し、言葉の壁を乗り越え、日本の名門大学と大企業で技術を磨き上げた彼は、誰よりも「日本のモノづくり」の可能性を信じているように見えた。「他の国にはもう住めない」と笑う彼が、日本の空に次世代のインフラを築く日は、そう遠くない未来かもしれない。SkySenseの挑戦は、停滞する日本の航空宇宙産業に風穴を開ける希望の光だ。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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