コラム
COLUMN

世界中のコンテンツを世界の隅々まで届ける。DubGuildの「AI吹き替え」革命【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:株式会社DubGuild】

「言語の壁を壊したい」――。株式会社DubGuildを起業した大嶽匡俊氏は、会社と事業にかける思いをそう表現する。

取り組んでいるのは「AI吹き替え技術」。アニメや映画のセリフ、あるいはスポーツ中継の実況などを、AIを活用して短時間で吹き替えを制作する。

アニメを筆頭に日本を象徴する産業となった各種コンテンツを、世界の隅々、例えば話者の少ない言語の国へも届ける。逆にマイナー言語の優れたコンテンツを日本、いや世界の多くの人に知ってもらう。「AI吹き替え技術」が秘める可能性は大きい。

DubGuildのAI吹き替え技術による声合成は、トーンやリズムのコントロールが可能。AIによって元作品から、できるだけ原作に忠実な吹き替え音声を自動で提案するだけではなく、最後は人間が操作することで、より高い質の吹き替えを実現する。

アニメや映画は一種のアートであるが故に、AIによる自動吹き替えに対して、アレルギーを抱く人もいるかもしれない。ただ、大嶽氏は「最も好きなアニメは機動戦士ガンダムUC」と語るように、コンテンツに対する愛と敬意がある。だからこそ、自動化だけではなく、人の手で操作する余地を残しているのだろう。

ただ、「自分たちのベースは技術者」と語るように、いつかはコンテンツの魅力を損なわない、感情や「間」なども的確に表現できるAI吹き替え技術の完成を目指している。その展望やAI吹き替え技術を開発、起業するに至った経緯を聞いた。

アメリカの展示会でピッチに挑む株式会社DubGuild代表取締役 大嶽匡俊氏アメリカの展示会でピッチに挑む株式会社DubGuild代表取締役 大嶽匡俊氏

英語へのコンプレックスが原動力。「言語の壁」に挑む理由

「AI吹き替え技術」を手がけるようになったきっかけを教えてください。

大嶽:私、恥ずかしながら実は大学入学まで三浪しているんです。理由はとにかく英語が苦手だったこと。入学後も英語で苦労しましたし、それは今でも変わっていません。

言語に苦手意識があったからこそ、それを解決しようとした、ということでしょうか。

大嶽:苦手だったからこそ「言語の壁」に対する非常に強い興味が生まれたとは思います。それで修士の頃は吹き替えAI翻訳やAIによる教育支援、英語を学ばれている方への支援などについて研究開発をしていました。それが現在の事業につながっています。

コンピューターはもともと好きだったのですか?

大嶽:はい。小中学生の頃はユーザーとして、ネットゲームなどで遊ぶのが好きで、高校生くらいから自分でコードを書いたりするなどプログラミングにも興味を持つようになりました。それでコンピューターが大好きになったので、大学ではアプリの開発などではなく、コンピューターそのものを学びたいという動機で理工学部を志望しました。

なるほど。しかし、結果的には修士の時代から今に至るまでアプリ開発に近しい研究、事業を手がけています。入学後に心境の変化があったのでしょうか?

大嶽:コンピューター学を学びたいと思っていたのですが、大学に入学すると自分よりももっともっとコンピューターが好きな人がたくさんいて……。それが「自分にできることは何だろう?」と自身と人生を見直す機会となりました。その結果、アプリの開発の方が向いていると感じ、興味を持っていた「言語の壁」をテーマにしようという思いに至ったんです。DeepLやGrammarlyを知り、コンピューターを使って言語のバリアを破壊できるのではないかと考え、自分でも何かをできないかと模索を始めました。

巨大テック企業と競う覚悟。「テキスト」ではなく「吹き替え」を選んだ勝算

テキストの翻訳ではなく、吹き替えに着目した理由は何でしょう?

大嶽:自分は技術者ですから、まず、取り組もうとするテーマの技術が、今どれくらいのレベルにあるのかを見ます。その結果、テキストは自分たちがやらなくても誰かがやりそうだったんです。

既に性能のいいツールが出始めていた印象はあります。

大嶽:その点、吹き替えはまだ開発に時間がかかりそうだったから、取り組む価値がありそうだと感じました。そこで「世界で最も優れたAI吹き替えをつくる」ことに決めました。

DubGuildのAI吹き替え技術は、作品の世界観を崩さないよう会話のトーンやリズムなど感情表現も吹き替えることに取り組んでいる理由にも通じますね。

大嶽:どうせスタートアップをやるなら難しいことにチャレンジしたかったんです。2、3年後に解決しそうな問題ではなく、10年後、20年後に解決しそうなことに時間をかけて取り組みたかった。とはいえ、最初は感情表現抜きでも難しかったんですけど(苦笑)。

技術者として企業で、あるいは研究者として大学で取り組む選択もあったと思いますが、なぜスタートアップを選んだのですか?

大嶽:起業を考え始めたのは大学入学後です。AI吹き替えの研究を始めてから、自分の事業としてやりたいと考えるようになりました。実はAI吹き替えに取り組み始めた1カ月後くらいにMetaが「Seamless」というリアルタイム多言語間翻訳システムを発表したんです。それも、元の話者らしい感じで翻訳して喋れるという……。自分たちがやろうとしていることに近かったので、けっこう落ち込みました。ところが、しばらくしたら開発チームが解散することになったと知って。どうやらMetaがLLMの分野で他社に遅れをとっているから、メンバー全員、そちらにあたることになったみたいなんです。それを知って「大企業は難しい」と感じました。

会社員である以上、自分たちの意思とは異なることにも従わなければなりませんからね。

大嶽:私は自分の力でAI吹き替えをしたかったので、「Seamless」の一件を見て、人任せにしたらダメ、自分たちでやった方がいいと感じました。それは起業のきっかけの一つですかね。

研究者という選択は?

大嶽:そこは悩んだのですが、単純にスタートアップとしてやった方が面白そうでしたし、人数もかけられる可能性もある。アカデミアの場合ですと、非常に少ない人数で研究を行わなければならないケースが多いですから。

とはいえスタートアップとなると資金や売上がないと継続できません。そこに対する不安はなかったのでしょうか?

大嶽:楽観的な性格なので(笑)、十分、勝負できると思いました。マーケットも大きいですし、AI音声合成に多額の投資をしているアメリカの会社もありましたから、何とかなるだろうと。

実際にはどうでしたか?

大嶽:発注をいただいたお客様もいますし、今のところ業績はまずまずといったところです。想像よりも需要はあるという印象ですね。

株式会社DubGuildのサーバー株式会社DubGuildのサーバー

技術だけでは超えられない。コンテンツへの「敬意」と、感情表現という壁

仕事としては、実際にどのようなAI吹き替えを手がけているのでしょうか?

大嶽:守秘義務があるので具体的には言えませんが、スポーツ中継などもけっこう多いです。

まだ技術的に同時自動吹き替えは難しいですよね? ライブでなくても需要があるのですね。

大嶽:我々もスポーツ中継はライブでないと価値がないと考えていたのですが、他国での放送後でも価値はあるみたいですね。ただ、ライブではありませんが、納品までの希望期間はそれなりに短いです。

ニュース映像やドキュメント、記録用といった使い方もありそうです。

大嶽:そうですね。今後はライブにも対応できるように研究と開発を進めていきたいです。

実際に事業として行ってみての感想は?

大嶽:需要に関しては、見込み通りの部分もあったのですが、想像以上だったのは、技術的な難しさですね。正直なところ、まだお客様が求める吹き替えのレベルには達し切れていない実感があります。想像と乖離していて……技術的にはそこにアタックしている状況です。

具体的にどんな点が難しかったのですか?

大嶽:固有名詞などはその一例ですね。スポーツって競技ごとに独特のチーム名やリングネーム、登録名といったものがありますが、その発音などが難しい。音声合成したときに自然な感じで読めない。自動ではなく人の手で調整しようとしても、私がその名前を知らなくて調べる必要があったり。

なるほど。細かいですが、熱心なファンはそういったところが正しくないと評価が厳しくなりそうです(笑)。

大嶽:はい。あとは感情的な部分ですね。特にスポーツ中継は叫ぶような実況もありますから。やはりテキストよりも吹き替え、音声の方が翻訳は難しいと、改めて感じています。

解決のカギはありますか?

大嶽:より吹き替えのコントロール性を高めることでしょうか。今までにない操作方法で調整を名詞単位などでできるようにしていければ……と考えています。

今後の事業の展望を教えてください。

大嶽:世の中にはまだまだたくさん、言語の壁によって知られていない面白いものがある。それらを提供していきたいです。

代理店業務というか、自らコンテンツを発掘して提供するといったことも視野に入れていますか?

大嶽:今のメンバーでやりたいのは、あくまで技術面のみです。実は起業するうえで技術屋さんになるかコンテンツ屋さんになるか迷ったのですが、リサーチして自分たちの甘さに気づいたんです。自分たちもアニメなどのコンテンツが好きですが、コンテンツの世界にもとんでもない好きな人たちがたくさんいることに。私たちの力だけでは無理だと悟りました。

大学入学後、コンピューター学をやろうとしたときの再現のようなお話ですね。

大嶽:ただ、海外のコンテンツ発掘などは、今後、そういったことが得意な人と組むことでデリバリーまで達成できるイメージはあります。ただ、繰り返しますが、今は技術が第一。世の中にDubGuildの優れたAI吹き替え技術を提供して、日本発のスタートアップとして世界と戦える評価と結果を得たいと思います。

会社で良くやっている鍋パーティー会社で良くやっている鍋パーティー

技術屋から経営者へ――ICTスタートアップリーグとの伴走で見えた、ビジネスの芽

ICTスタートアップリーグに参加した感想はいかがでしょうか?

大嶽:先ほど申し上げた通り、我々は技術屋さんとして起業したので、最初から技術をどうビジネスにつなげるかが課題でした。ICTスタートアップリーグにもその点を期待していたのですが、まさに芽が出た印象を受けています。

具体的には?

大嶽:ICTスタートアップリーグはテレビ局などメディアとのつながりが強く、関係者には報道関係に強い方も多い。先日もメディア関係者の方にすぐつないでいただき、今後の発注という点で非常によい関係を築くことができました。メディア関係の方って、仕事柄いろいろなメディアを見ているんです。以前、ウェブメディアのインタビューを受けたら、その記事を読んで吹き替えについての相談の連絡がきたりしましたから。

露出は大事ですよね。

大嶽:後はロングタームの支援であることでしょうか。一般的なスタートアップ支援事業って1回きりだったり、期間が数カ月というケースも多い。その点でICTスタートアップリーグはサポートの内容が細かく、段階的なサポート体制もあり、2年目も応募可能。2年、3年と伴走していただける余地がある。スタートアップ育成って、時間がかかる事業も多いと思うのですが、数年かけて育てていただける印象を受けます。

大嶽さんの場合は経営と開発を両方やるわけですから、サポートは大きいですよね。

大嶽:そうですね。経営って、やる前はもっとドライなものという考えだったんです。極端な話、例えば「会社の事業を上向きにするには、この部門に注力すればいい」といった判断をしていればいいと思っていたのですが、実際は人間関係などウェットな課題を解決しなければいけないケースが多い。実はこれが一番の仕事なのではないか、と感じています。

事業を行うのは人間ですからね。

大嶽:難しいですが、それはそれで良い経験になると楽しくやっています。

ICTスタートアップリーグは同じような悩みを持つ若い経営者も多いでしょうから、参考になることも多そうです。では最後にDubGuildとして今後やってみたいことを教えていただけますか?

大嶽:スタートアップとしては難しいことに挑戦したいとAI吹き替えに取り組んでいますが、具体的に実現するには簡単な問題から解決していく必要があります。その意味では、コンテンツだけではなく、会議の吹き替えなどにも興味がありますね。

会議はある意味、論理と感情に満ちているので、題材としては良いかもしれませんね。コンテンツと違って翻訳しやすい単語や会話が多そうですし。では、大嶽さん個人でやってみたいことは何でしょう?

大嶽:個人的には人口問題が気になっています。今の日本の合計出生率では国の将来が危うい。今は何をしたらいいのか分かりませんが、技術の力で問題解決に貢献できるようならやってみたい。AI吹き替えの事業に5年から10年で目途がつけられたら、次はこうした社会問題に挑戦してみたいですね。

編集後記
スペシャルなマニアには敵わないが、コンテンツ好きという大嶽さん。本文でも触れた通り、一番好きなアニメは「機動戦士ガンダムUC」だ。
「一番好きなキャラクターはフル・フロンタル。UCは大人のキャラがいいんです」。フル・フロンタルはUCにおいては敵のボスキャラ的存在。ファースト・ガンダムならシャア・アズナブルという立ち位置である。
「フル・フロンタルの演説のシーンが好きなんです。SFロボットアニメですが、物語のキーになる宇宙世紀憲章も含めていろいろと人間くさいのが魅力です」
UCを始めガンダムは名セリフの宝庫。AI吹き替え技術の質を高めて、大嶽さんが世界の隅々までその魅力を届けてくれることを期待している。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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