建設現場の書類作成や事務作業の負担は、建設業界における最大級のボトルネックと言っても過言ではない。現場作業後の記録・報告作業に膨大な時間が割かれ、本来注力すべき品質管理・安全管理の時間を奪っている。それが長時間労働や若者離れの主な原因であり、これら作業の効率化こそが、建設業界の働き方改革における一丁目一番地である。
そのような建設現場の構造的な課題に、本質的な解決策を提案するのが、AIスタートアップカンパニーKENCOPAだ。建設業界に特化したAIエージェント、そして多様なニーズに応じた柔軟な施工管理特化AIを提供している。
代表の安村荘佑氏は東京大学を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタント業務を経て、2024年にKENCOPAを創業。「Copilot for Construction――世界“最高”品質の日本インフラ“再興”の一助に」という経営理念を掲げ、建設現場の自律化・自動化の実現を目指している。現場の働き方を根本から変革するAIエージェントサービスについて安村氏に語ってもらった。
建設DX展出展ブースにて。チーム集合写真起業のきっかけは?
安村:学生の頃からB2Bの基幹産業や重厚長大産業に関心を抱いていました。マッキンゼーでは建設業や通信会社の支援、セキュリティ会社の海外展開戦略、大学発スタートアップの支援を行い、建設業に対しては、BIMやCIM(建物情報のモデル化)、DX推進の支援などのコンサルティング業務に携わりました。これらの支援を通じて、日本のインフラを支える現場の課題を痛感。自らの人生を賭けて建設業に貢献したいという思いが強くなり、KENCOPAを創業しました。
なぜ起業という選択肢を?
安村:起業に至った経緯の一つなのですが、私はチームで高い目標を掲げ、そこに向かって取り組む姿勢が非常に好きです。学生時代は週に6日、バスケットボール漬けの生活で、逆にそれ以外をやった記憶はほとんどありません。小学生で全国優勝し、中学生時代は全中(全国中学校バスケットボール大会)で八村塁選手擁する奥田中学校とマッチアップしました。そういう経験から「背中を預けられる仲間と共に、切磋琢磨して高い目標に取り組む」ことが、自分の原体験として強くあります。
建設業の課題とは?
安村:大前提として私は建設業が好きです。海外から帰国すると、日本のインフラの美しさに感動を覚えます。道路や建物一つをとっても細部までこだわり抜かれ、高い品質が保たれています。一方で、コンサルタントとして業界を俯瞰した際に気づく点もあります。例えば製造業では、ロボティクスや機械化による自動化が進み、大量生産が可能になっています。物流業においても、現在はドライバー不足が課題ですが、将来的には自動運転の普及により解消に向かうでしょう。しかし建設業の将来を考えたとき、すべてがロボットで自動化される未来は容易には描けません。建設業は、職人の技術や「勘」といった、高度なインテリジェンスに依存する領域が非常に大きいからです。自動化できない人間味のある技術への興味、そして技術力だけでなく多様なステークホルダーを巻き込んで進めていく「総合格闘技」のような側面。そこに、大きなやりがいと解決すべき課題の重要性を感じています。
その思いの原点はどこにあるのでしょうか?
安村:業界の課題を痛感した背景には、創業期の忘れられない経験があります。共同創業者の実家が舗装会社で共同生活をさせていただく機会がありました。朝5時に出発して現場へ向かう彼らの姿を見て、その仕事の過酷さを肌で感じました。また、現場では最先端の工事が行われているにも関わらず、裏では煩雑な書類作業に追われていたり、技術伝承が属人的で仕組み化されていなかったりする現実がありました。特に、派遣の方や入社間もない若手が「どうやって技術を学べばいいのか分からない」と戸惑っている状況を目の当たりにし、「これは業界全体の大きな課題だ」と強く実感しました。
工事現場の現況確認とフィールドワークの様子提供するサービスについて教えてください。
安村:主に「建設AIエージェント事業」と個別の企業様との共同開発や共同研究を通じた「i-Con 2.0共創事業」(建設現場の生産性向上を目的とした取り組み)を展開しています。現在、特に注力しているのは、「工程AIエージェント」の開発・提供です。これは、設計図書 (図面や仕様書、見積書) 等の現場データをAIが自動で読み取って、工程表を自動生成するAIエージェントとなります。開発の背景には、工程管理における3つの大きな課題があります。1つ目は「作成工数と経験不足」です。受注後若手・中堅が全体工程表を作るには数週間かかります。また、経験案件数が少ないため、未経験の建物タイプに対応するのが困難です。2つ目は「技術継承がされていない」です。過去データがPDFや古いバージョンのExcelのままとして保存されており、建設会社各社のノウハウとして継承されていません。3つ目は「見積もり段階の負担」です。受注前の概算工程表を作る際、現場を知らない営業の代わりに多忙な現場担当者が作成しています。失注した場合、その労力が無駄になるという問題もあります。弊社のサービスはこれらを解決するため、図面や仕様書などの現場データをAIに読み込ませるだけで、最短15分で工程表を自動生成できる仕組みを提供しています。
ターゲットは?
安村:支援対象は、現場全体のプロジェクトマネジメントを行う「施工管理」の方々です。彼らの業務はExcelやPDF、CADなどで管理されており、変更が生じるたびに手作業で都度修正しなければなりません。また、建設AIエージェント事業が課題解決の対象とする施工管理者のタスクを数え上げると、役所への提出書類や道路使用許可書など、期限厳守の細かい書類まで含めて、常時70~90の業務を抱えています。これらをアナログな手法で管理するのは、人間の認知能力の限界を超えているのではないか――そう思えるほどの過酷さであり、体系的な管理ができていない現状は本当に大変だと感じました。
『Kencopa』製品概要:工程管理AIエージェント建設AIエージェントの強みは?
安村:自然言語(話し言葉)での指示を理解し、既存のソフトウェアやデータベースを横断的に操作して業務を自律遂行できます。単なる自動化にとどまらず、現場の「技術伝承」と「若手育成」を加速させ、建設現場の働き方そのものを変革します。書類から工程表などを生成する際、AIが「なぜその工程を組んだのか」という根拠(推論ログ)を画面上に提示します。「適当に作られたもの」ではなく「特定情報のどこに基づいているか」が可視化されるため、信頼性が担保されます。単に生成するだけでなく、「安全・品質上の注意点」や「工程期間のリスク」もあわせて評価・提案します。
修正できるのは便利ですね。
安村:はい。AIの提案に対し、熟練者が修正を加えた内容を「正解データ」として学習・蓄積します。使えば使うほど、その会社独自のノウハウが詰まったデータベースが構築されます。AIが提示する根拠(推論ログ)やアドバイスは、若手にとって生きた教材となります。業務を数週間から数十分へ省人化するだけでなく、若手がAIの思考プロセスを通じて学ぶことで、成長速度を加速させます。また、将来的にはユーザーは自然言語で指示を出すだけで、裏側で複数のソフトウェアを操作し、業務を完遂します(LLM Brained Agent)。
建設業界の課題が浮き彫りになりましたが、なぜDXが進まないのでしょうか?
安村:その理由は大きく4つの壁に阻まれているからです。まずは「規制の壁」と「構造の壁」です。 建設業は厳格な規制産業であり、法令に基づいた書類作成が必須です。加えて、多重下請け構造により、1つの現場に数多くの企業が関わります。下請け業者からすれば、現場ごとに元請け会社が変わり、その都度違うやり方を求められるため、システムによる統一よりも「紙と電話」というアナログな万能ツールに頼らざるを得ないのです。次に立ちはだかるのが、「意識の壁」と「環境の壁」です。人命に関わる産業であるがゆえに、建設業は無謬性、つまり絶対に失敗しないことを前提とします。そのため、未知のデジタルツールを導入するリスクよりも、慣れ親しんだ確実な手法が選ばれます。さらに、建設現場は高い塀で囲われ、働く人々は早朝から深夜までその中で過ごします。他業界の常識や新しい技術に触れる機会が物理的に遮断されている――この隔離された環境こそが、変化の波を現場に届きにくくしている最大の要因かもしれません。
競合状況や差別化について教えてください。
安村:差別化に関しては、まず日本国内において、こうした工程領域に特化したAIエージェントがまだ存在しない点が挙げられます。ChatGPTの延長で作られた簡易的なサービスは存在しますが、現場データを本格的に読み解き、かつ独自のチューニングを行って生成するドメインに特化したAIエージェントを開発している企業はまだありません。この技術的な独自性が、大きな差別化要素になります。また、機能面での差別化だけでなく、弊社は顧客に価値や感動を届けることにも強くこだわっています。先ほど申し上げた根拠(推論ログ)の活用なども含め、サービス一つひとつの品質を高く保っていると自負しており、そうした体験の質そのものも他社との差別化につながっていると考えています。
サービスの開発過程で特にこだわった点や、実際に利用されているユーザーからの反響で印象に残っていることがあれば教えてください。
安村:開発における最大の訴求点は、直感的に自然と使い方がわかるUI/UXにしている点です。設計や構成の都合でユーザーにストレスや負担を強いるシステムが世に多く存在しますが、弊社は「顧客に価値を届けること」が本質だと考えています。AIエージェントという機能はあくまで手段に過ぎません。「工程表を一から考える・作る」というコアな業務に対して、ストレスなく、むしろ使いやすいと感じてもらえる機能を徹底的に追求しました。建設会社の現場の方や担当者からの反響で印象的だったのは、AIが工程表を生成している機能を見て、「これはすごい」と身を乗り出して感動していただいた瞬間です。そうした反応を目の当たりにして、自信を持って開発を進めることができました。2025年11月にβ版の提供を開始したばかりで、正式な製品版は2026年3月に提供開始を予定しています。
安村さんが実現したい社会や世界のビジョンをお聞かせください。
安村:熟練技術者の引退と担い手不足という建設業界の深刻な課題に対し、まずはAIエージェントを用いて、煩雑な施工管理業務(書類作成など)を自動化・自律化します。これにより、若手技術者が本来の業務に専念できる環境を創出し、AIによるスムーズな技術伝承を促進。業界の魅力を再興し、現場の働き方を根本から変革します。将来的にはソフトウェアの枠を超え、ハードウェアとも連携を行いたいです。AIエージェントを司令塔(起点)として、建設現場のあらゆるテクノロジーが自律的に交差し、連携する世界を目指しています。また、単なる管理の自律化にとどまらず、施工そのものの自律化まで視野に入れ、現場業務が無人で最適化されていく未来を描いています。日本が誇る高い建設技術とAIを掛け合わせたシステムを「日本モデル」としてパッケージ化し、海外へ展開したいです。日本のインフラ・建設業が再び世界に誇れる「最高」の品質を取り戻し、世界を代表する建設スタートアップとして、グローバルな存在感を示すこと。それが、私たちが創造したい世界です。
Kencopaシステム構成図:設計図書の解析から対話型AIによる工程表生成フロー編集後記
建設業には、規制や多重下請け構造、そして現場特有の閉鎖性といったいくつもの「壁」が存在する。KENCOPAが開発するAIエージェントが革新的なのは、単に工数を削減するだけでなく、AIが導き出した工程の根拠(推論ログ)を可視化する点だ。ブラックボックスになりがちなAIの判断に説得力を持たせると同時に、それが若手への技術伝承や教育ツールとしても機能するという発想は、アナログとデジタルの融合における本質的な解を示している。
まずは働き方改革として、膨大な書類作成から解放し、本来注力すべき品質・安全管理の時間を取り戻す。そして将来的には、日本の高度な建設技術とAIを融合させた「日本モデル」を世界へ輸出するという安村氏のビジョンは、深刻な人手不足にあえぐ建設業のみならず、日本の産業界全体に新たな勝ち筋を提示しているようにも感じた。同社のAIエージェントが現場の「バディ相棒」として定着した時、日本のインフラ産業は再び世界をリードする力を取り戻すのかもしれない。
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
■関連するWEBサイト
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