コラム
COLUMN

なぜ「冷凍冷蔵倉庫」がエネルギー問題の切り札になるのか? AI制御で挑む電力需給の最適化【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:株式会社Freezo】

小学校3年生も終わりを迎える頃、東日本大震災が発生した。メディアで報じられる甚大で広範囲な被害の数々。なかでも少年の心にインパクトを与えたのは「計画停電」が行われた東京の街だった。当たり前のように使っていた電気も、当たり前の物ではないと知った。そして、関西の電力供給が足りなくなる可能性があるため、自らが住む中部地方にも節電要請が訪れた。

「なぜ、そんなことが起こるのか?」

株式会社Freezoを起業したCEOの水野竣介氏が、エネルギー問題に関心をもったきっかけである。あれから10年以上経った今、水野氏はエネルギー問題の解決のために研究とビジネスに立ち向かっている。

ICTスタートアップリーグで取り組む事業・研究は「冷凍冷蔵倉庫向けのエネルギーマネジメントシステムの開発」だ。簡単に説明すると、企業の保管・物流における倉庫などに設置された大型冷凍冷蔵倉庫の温度調整を、AIと数理最適化技術によって自動制御化し、適切に行うことで温度調節にかかるエネルギーを効率化することに挑んでいる。実現できれば、これまで熟練担当者の経験やカン、ある種の画一的なマニュアルに沿って行われていた温度調整に革命が起き、冷凍冷蔵倉庫の電力消費コストの大幅な削減につながる。一方で、冷凍機での冷熱を利用した蓄電により電力需給のアンバランスを解消することにもつながるなど、事業の意義は大きい。

水野氏が抱いている夢のひとつ、「エネルギーの安全保障」にもつながるという事業の中身やこれまでの歩みについて詳しく聞いた。

株式会社Freezo代表取締役CEO 水野 竣介氏株式会社Freezo代表取締役CEO 水野 竣介氏

原点は東日本大震災。「計画停電」で知ったエネルギーの脆さ

小学生時代にエネルギー問題に興味を持ち始めたそうですが、その興味はどう持続したのでしょうか?

水野:東日本大震災で興味を持った後、生まれ故郷である愛知にあった中部電力の「でんきの科学館」といった施設にも通うようになり、いろいろ調べていくうちに興味がふくらんでいった感じですね。小学5年生の時には中日新聞が開催した「新聞切り抜き作品コンクール」でも「どうなる日本のエネルギー?」というテーマで応募して中日大賞をいただきました。テーマに沿って自分が興味のある新聞記事を切り抜いてまとめるコンクールで、エネルギーの知識が深まった思い出があります。

その後もエネルギー問題を追っていたのですか?

水野:はい。高校時代は模擬国連(参加者が各国の大使・外交官になりきり、実際の国際連合の会議をシミュレーションする教育活動)に参加した際もエネルギー問題を扱ったのですが、進路決定にも大きな影響を受けましたね。

具体的には?

水野:日本は資源が限られているので、模擬国連ではエネルギーの安全保障という点で、どう世界と戦っていくかを考えていました。しかし、エネルギー問題は国同士が政策ベースで論議をしても、エネルギーの偏在や地球温暖化の影響で、なかなか解決できない。大きな無力感がありました。そこで、これは技術的にブレイクスルーをしないと解決できないと感じたんです。当時は大学の文系と理系、どちらに進むか迷っていたのですが、工学系の勉強をしようと決めるきっかけになりました。こうして大学でも電気の研究をすることになったんです。

模擬国連とはいえ、高校時代からエネルギー問題に対峙する経験をしていたのですね。そこから冷凍冷蔵倉庫の研究に行き着いたのはどういった経緯だったのでしょう?

水野:大学では雪発電、雪冷熱と太陽熱で発電するデバイスの開発を自主研究していました。結果的には発電に成功したのですが、発電量が小さくて……それで違うアプローチを探し始めたんです。その過程で冷凍機の稼働で発生する冷熱で蓄電を行うシステムが、エネルギーのリソースになり得るという点に着目しました。冷熱による蓄電はエネルギーの安全保障という点でも可能性を感じます。現在の電力供給と電力需給バランスを調整する役割を担っているのは主に火力発電ですが、それに取って代われるかもしれない。

燃料の投入量を調整すれば発電量をすぐコントロールできるのが火力発電の良さ。再生可能エネルギーである太陽光や風力の出力源は自然の力ですからコントロールがしにくい。

水野:ええ。冷凍機による蓄電は電力の使い方を柔軟に変えられる「調整力」として活用できますから、火力発電に代わって電力需給バランスの調整を担える可能性が高いんです。

冷凍機とエネルギーの安全保障がつながることがよくわかりました。研究者、専門家だからこそ生まれた事業のアイデアのような印象を受けますね。

左:未踏アドバンストでの発表の様子 右:J-StarXプログラムでの発表の様子左:未踏アドバンストでの発表の様子 右:J-StarXプログラムでの発表の様子

研究室から社会実装へ。「手段」としてのスタートアップ起業

研究から生まれた「冷凍冷蔵倉庫向けのエネルギーマネジメントシステムの開発」を、スタートアップ企業として行うことにした理由を教えてください。

水野:高校まではスタートアップについて考えたことはありませんでした。ただ、大学で様々なプログラムに参加するのが好きで、その中に起業系のプログラムもあって、スタートアップという選択肢があることを漠然とではありましたが知りました。同時進行で研究を進めていくうちに、社会実装までしたいという思いが強くなり、研究よりもスタートアップとして事業にした方がエネルギーの安全保障にたどり着くのが早い気がしてきて。そのうち公的な起業プロジェクトに応募して採択されるようなこともあり、現実味を帯びてきた結果、起業するに至りました。自分としてはエネルギーの安全保障という軸は変わらず、手段が少しずつ変わってきた感じですね。

どのように事業化に動き始めたのでしょうか?

水野:まずは物流業界など大型冷凍冷蔵倉庫を扱う業界にヒアリングをしました。お話を聞いていくうちに物流業界もいろいろと課題を抱えていて、冷凍冷蔵倉庫の電力を節電できれば大きなインパクトになることを理解しました。自分の課題感と業界の課題感が一致してきたような感覚でしたね。

現在は実証先を6社獲得されているそうですね。

水野:はい。全国に拠点を持つ物流業者さんや首都圏の水産業者さん6社に理解をいただいて実証に取り組んでいる最中です。興味を持ってもらっても、実証のフェーズでは協力をいただけないケースもありますので、今後も協力していただける企業さんを探していきたいと思います。

事業の見通しを教えてください。

水野:システムはあと2、3年での完成を目指しています。モデルはできているのですが、各社のシステムに反映させるための通信システムも組まなくてはいけないので、その時間もかかるんです。

その他に何か技術的課題はありますか?

水野:倉庫などの冷凍冷蔵倉庫はトラックの出入りなど、さまざまな理由で温度が変化します。その予測ですね。完全には無理であることはわかっていますが、より精密なシステムにするには、もっと情報が必要だと感じています。研究ではなく事業ですから、大きなミスも許されないので多方面への注意が必要ですし、温度変化の原因は自分たちでは分からないことですから、なかなか難しいのですが、リカバリーの方法も確立しながら精度を高めていきたいですね。

Freezoのシステム概要Freezoのシステム概要

数百台の冷凍機を束ねて「仮想発電所」に。目指すはカーボンニュートラル社会の実現

Freezoとして将来的に取り組みたいことを教えてください。

水野:まずは今、取り組んでいる冷凍冷蔵倉庫のエネルギーマネジメントシステムをしっかりと開発、完成させること。その後は、システムを全国各地の冷凍冷蔵倉庫に広めたい。今は冷凍冷蔵倉庫、一台ずつの自動制御ですが、将来的には複数の冷凍冷蔵倉庫……数百台をまとめて制御できれば、得られる蓄電量も大量になり、電力需給バランスの安定化にも現実的に貢献できる。冷熱を利用したカーボンニュートラル社会の実現を目指したいですね。

それを実現できたとき、水野さんの夢である「エネルギーの安全保障」は何%、実現できるというイメージですか?

水野:そうですね……自分の中では10%くらいかもしれません。今は物流業界や水産業者という範囲での事業ですが、将来的にあらゆる冷凍冷蔵倉庫の制御をできれば、ある程度、目標達成となるかな、と。

他にも事業のアイデアはあるのでしょうか?

水野:今は目の前の課題解決が先決ですが、将来的には新しい発電方法を生み出したいですね。まだ漠然としたイメージで、具体的なアイデアがあるわけではないのですが。

そのとき、水野さんは研究者でしょうか? それともCEOでしょうか?

水野:どうでしょう? それは今後の展開で変わってくると思います。自分としては発明家みたいなイメージがいい気はしています(笑)。

なるほど。確かに発明家は研究者とビジネス、両面を含む感じですね。

水野:それでいて、いろいろと自由に動けそうじゃないですか。いずれにせよ、エネルギーの分野で社会に貢献できる道をいろいろと探っていきたいですね。

Freezoのシミュレーション画面の例Freezoのシミュレーション画面の例

「組織の正解」が分からない。学生起業家が直面するマネジメントの壁と、リーグへの期待

ICTスタートアップリーグに採択され、アカデミーなどにも参加されたと思いますが、長所などを感じることはありますか?

水野:メンバーが集まると会社を経営するうえでの税務、法務、社内体制や資金調達の方法の話がけっこう出るんです。なかなか普通に過ごしているだけではノウハウとして得られない話が多く、情報交換の場としてありがたいですね。業界や年齢が関係しているのだと思いますが、多くの会社はフェーズが似ていることもあり、同じ課題感を共有している印象なので、こういったコミュニティーがあるのは貴重だと思います。

研究・事業とはうってかわって、かなり現実的な話ですね。

水野:学生時代に起業したので、根本的に私も含めてメンバーの社会経験が不足しているのが我々の課題。組織の正解が分からないんですよ。学生ノリではいけない、とは分かるのですが、メンバーの多くは学生ですからね。取引相手の企業との話の進め方も手探りで行っているので、「この先、どうなるのか?」という心配があるんです。研究でとられる時間もありますから……。会社のあり方についてどうしていいか分からないことが多いんですよ。

そういう点ではICTスタートアップリーグの交流の場が生きそうですね。ちなみに「会社のあり方」とは、具体的にどういった悩みがあるのでしょう? 例を教えていただけますか。

水野:例えば経営方針を考え直さなければいけない場面などで、メンバーの間で方針が合わなくなったときに、どう解決すればいいのかが分からない。誰もが正解が分からないまま話し合っているので、その状態自体に不安を持つメンバーが出てきたりもして。あとは、基本的な『報連相』ができていない気もするし、チームの作業分担も難しい。そうした状況で、メンバーをどうフォローしてあげるのが正解なのか、そこも悩みどころです。

「人」の問題ですね。

水野:これらは自分のマネジメント経験が不足していることが大きいと思うので、今後の課題です。

そういった点も含めてICTスタートアップリーグに期待することはありますか?

水野:スラックコミュニティーなどでもっと気軽に交流できるとうれしいです。受動的であっても情報が届き、自分からも気軽に発信できる。やりとりの中で面識がなかった人との交流につながることもある。そういったことができたら、お互いの成長につながる気がします。

同じような悩みを持つ人がいると、安心もできますから、そういった点でも経営者同士の交流の場が広がるのはありがたいのかもしれません。

水野:はい。起業したとたんにやることが本当に増えて大変になりましたから(笑)

研究だけをしていた頃とは環境も悩みも変わってきそうです。

水野:研究は自分の都合で自由にいろいろできましたが、会社を経営するとなると社員に給料を払わなければならないし、資金が底を突く心配も生まれる。研究とは全く別の大変さで戸惑いもあります。ただ、私は何をやっても「楽しい!」と思える性分。今しかできない経験ですし、何かしら自分にとって良い影響を与えてくれるだろうと思って励みたいと思います。

編集後記
「何をやっても〝楽しい!〟と思える性分」と語る水野さん。ゆえに多趣味だそうで、好きなことは山登り、野球観戦(中日ファン)、音楽観賞(1980年代の洋楽が好き)、城めぐり(山城好きで一番のお気に入りは奈良の高取城)、地理・歴史、鉄道、物理など実に多彩。
しかしながら、そんなにたくさんの「好き」があるなかで、小学生時代から「エネルギー」の好きが一番であり続けた理由はどこにあるのだろう?
「自分にとって好きなことが詰まっているから、でしょうか。エネルギー問題って、地理や世界情勢、歴史、物理など、いろいろな知識が活かされてくるんです」
まさに「好きこそ物の上手なれ」を地で行く人なのだろう。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

その他のコラム

STARTUP LEAGUEのスタートアップ支援について、詳しくはこちらをご覧ください。