海外と日本をつなぐ国際物流。特に海上輸送の分野は、重量ベースで輸出入の9割以上の貨物を輸送する「貿易のインフラ」と呼べるサービスである一方、「船の遅延が頻発しいつ着くか分からない」「関係者の情報共有がバラバラで煩雑」といった、「非効率」と「アナログ」な課題が残されている。
こうした国際物流の「負の側面」をデータとテクノロジーの力で解消し、「貨物の遅れを予測し、先回りして動ける世界」の実現を目指すのが、ハービット株式会社だ。
代表取締役の仲田紘司氏は、デジタル化が遅れる海上輸送の問題に切り込み、貨物トラッキングの自動化や遅延予測をもとに高度なサプライチェーン管理を支援する国際物流DXクラウド「Harbitt」によって、業界に革命を起こそうとしている。
日本郵船勤務時の経験、そしてアクセンチュアでのコンサルティング業務などを経て、仲田氏がこの問題解決のために自ら起業するに至った理由、そして、「予測」で世界の物流を変えるという壮大なビジョンについて話を聞いた。
ハービット株式会社 代表取締役 仲田紘司氏まず、仲田さんがこの事業を立ち上げようと思われたきっかけや問題意識についてお聞かせください。
仲田:大学では農業経済を専攻し、食糧貿易などグローバルな領域に関心を持っていました。海運会社を選んだのは、食糧から自動車まであらゆるものを運ぶコンテナ船に魅力を感じ、仕事の入り口として最適だと考えたからです。
ところが、当時は(実のところ、現在もあまり変わっていませんが)海運会社も取引先も、依然としてアナログな業務に大きく依存している状況でした。私がコンテナ船の営業を担当していた際、真夜中に突然「船は出港したのか?」という、たったそれだけの確認の電話がかかってくる、といった経験もしました。
これは、海運会社や取引先も含め、トラッキング(貨物追跡)と呼ばれる船舶の現在位置、航行ルートなどをリアルタイムで追跡・管理する情報が共有されていなかったことが原因です。
当時から「デジタル化すべきだ」という意識を持っていたのでしょうか。
仲田:はい。例えば、貨物の到着予定日等基本的な情報がデジタル化されるだけで、動静確認や問い合わせ等多くの単純作業を省略できてみんなハッピーだろう、というような問題意識は強く感じていました。
そこからアクセンチュアなどを経て、起業に至った決め手は?
仲田:アクセンチュアに転職した当時は、大企業を支援する方が経済的にインパクトがあるため、そこに魅力を感じていました。しかし、その後スタートアップのイノベーション支援を行う企業に転職し、さまざまなスタートアップと接するうちに、「一回しかない人生、ゼロから自分で作る方が面白いに違いない」という考えに至りました。
そして起業を考え始めたときには、「自分の経験が生きる場所」で、「グローバルにチャレンジできる領域にしたい」という思いがありました。国際物流は、まさにこれらの条件を満たし、かつデジタル化が大幅に遅れている領域でもあったため、この分野での起業を決意しました。
ハービットが提供するサービスは、具体的にどのような課題を解決するのでしょうか。
仲田:私たちが提供するのは、メーカーや商社などの荷主、そしてフォワーダーと呼ばれる物流会社に対し、弊社のクラウドサービスを使ってもらうと、輸送状況が一元管理できる、というものです。
海上輸送におけるブッキングナンバー(予約の識別、貨物追跡、輸出入に関わる関係者間での情報共有等を行うために必要な基本情報)を登録するだけで、自動的にトラッキング(貨物追跡)を開始し、最新の輸送状況が可視化できるようになります。また、取得したデータに基づき、例えばルート毎の遅延動向を把握することで発注タイミングを見直したり、コンテナの延滞料のような削減余地のあるコストを特定したりといった分析を行い、情報を一元管理することで、社内外での情報の共有も促進します。
貨物追跡などは、陸上輸送では当たり前だと思っていましたが、海上輸送では難しいのでしょうか。
仲田:はい、技術の普及に関して海上は地上の10年遅れ、とも言われているのが現状です。適切な納期管理等のためには、貨物が現在どこにあり、いつ出港・入港するのかという輸送状況を自動で更新できるようにしなければならないのですが、海上輸送のデータは船会社によって表記もバラバラで、まず共通フォーマットを作るところから始めなければいけません。
また、船会社にしてもフォワーダーにしても自社で扱う貨物のみの情報提供に限定したシステムがほとんどで、複数の船会社やフォワーダーを利用する大手荷主は、各社のシステムを使い分ける必要があります。
それは一種の囲い込みにも思えますが、御社は、どの船会社・フォワーダーを利用しても汎用性があるシステムを作っておられる。過去に、そこまで対応する会社はなかったのでしょうか。
仲田:弊社と同等レベルの業界知識を持ち、同じものを作ろうとすれば、他社でもできるかもしれませんが、過去にそこまで深く追求している会社は私の知る限りありませんでした。
大手荷主にサービス提供しようとすると数十社の船会社に対応する必要がありますが、それぞれの会社でデータの定義や表記、粒度が異なり、データがそろわないケースが非常に多かったからです。
例えば100個の貨物があるうち、70個はデータ化できても、残り30個は全くデータが取れない、といった状況もあり得ます。それを「この船会社の場合はデータが取れない」で終わらせるのではなく、一つひとつ丁寧に紐解き、どの船会社、どのフォワーダーを利用してもデータの形式がそろうように共通フォーマット化していく。この「泥臭い作業」をやり切ることこそが、弊社の一つの大きな価値になっています。
これは技術というよりむしろ、海上輸送というビジネスに対する「深い理解度」と「情報を整理する能力」といえます。
その徹底したデータ整備の結果、どのような強みや他社との差別化が生まれたのでしょうか。
仲田:独自の予測アルゴリズムです。弊社のクラウドサービスでは、船会社が出す到着予定日に加えて、弊社として独自の到着予測を行っています。例えば、船会社が「11月15日到着予定」としていても、弊社のクラウドでは「さらに3日遅れる」といった独自の予測をユーザーに提供しています。
なぜ高精度で、そのような独自の予測が可能なのでしょうか。
仲田:予測アルゴリズム自体、とても優秀なデータサイエンティストの協力を得て作成していることもありますが、より重要なのは、そこに私の業界に特化したドメイン知識を組み合わせている点にあります。
かつて船会社にいて、内部のオペレーションまで熟知しているからこそ、「この要素を予測に入れると精度が落ちる」「これを加味すると精度が上がる」といった、予測アルゴリズムのチューニングが可能です。
具体的にどういうケースが考えられますか?
仲田:船の到着・遅延予測には、台風や波の高さ、船の速度など、さまざまな要素が絡みますが、船会社が燃料消費量を抑えるために意図的にゆっくり走るケースもあります。その意図までは外部からでは分からないため、船の速度だけで予測しようとすると、かえって失敗することもあります。
また先ほどお話しした「泥臭い作業」の結果、共通フォーマット化されたデータが抜けモレなく入力されていることが、結果的に予測精度の高さに結びついています。どの船会社を使っていても、輸出でも輸入でも、どの国からの案件でも、データがしっかりとそろっていることが高精度予測を支える基盤となっているのです。この「データがそろっている」点は、今後AI活用がますます進む中において弊社の優位性の強化にもつながると考えています。
国際物流DXクラウド「Harbitt」それでは、3年後、5年後といった中長期的なビジョンについてお聞かせください。
仲田:3年ぐらいの時間軸では、やはりグローバルにチャレンジすることです。今は日本企業向けにフォーカスしていますが、海外展開していくことを考えています。
次の目標として、国際物流の領域でシェアを取っていきたいとお考えですか。
仲田:はい。日本企業向けのサービス提供を考えても、輸出入においてはサプライヤー等彼らの取引先は海外の企業です。日本だけでしか認知されていない状態では、海外の企業からすると「なぜ日本のこんなよくわからないシステムを利用しなければならないの?」となり、日本企業がグローバルに共通のシステム化を図るうえでも不便を感じさせます。そこはグローバルに展開して、一定のシェアを取りたいと考えています。
長期的には「世界の物流に革命を」という大きなビジョンをお持ちだとうかがいました。どのような業界に変えていきたいですか。
仲田:今の国際物流の領域は、データがまとまっておらず、アナログな作業が多数残っていて、いわゆる一部の人の「勘と経験と度胸」のようなもので業務が回っています。共通のデータがないため、トラブルが起きてから頑張るという「事後対応型」の世界でもあります。
私たちは、そこをしっかりとデジタル化して、データに基づいて誰でも同じ判断ができるようにしたい。そして、トラブルが起きそうなところを事前に予測し、解消できるような具体的なアクションや輸送オペレーションにおける意思決定ができるようにしたい、と思っています。
予測して先回りして動くと、どのようなメリットが生まれるのでしょうか。
仲田:例えば、「最終的に1週間遅れる」ということを予測できるのであれば、1週間早い船に積んでおけば、到着自体は同じになるというオペレーションが可能になります。このように、防げる納期遅延と、そこに起因する欠品等の経済的損失がなくなることが大きなメリットです。
また、事後対応型のスタイルを取っていると、働いている人も休みが取りにくかったり、あの人がいないと分からないなどの属人的な問題が発生したりしますが、「誰でもできる」となれば、特定の人への業務負荷を軽減し分担できるため働きやすくなり、スタッフのQOLも上がるのではないでしょうか。これは「国際物流」という、私たちの生活の根幹を支えながらもデジタル化の遅れが深刻な領域に対し、業界の難しさを理解しているからこそできるアプローチです。
最後に、今年度のICTスタートアップリーグには、どのような期待を寄せていますか。
仲田:去年の参加時と比べ、今年はプロダクトのフェーズが進んでおり、特に納期遅延の削減を目的とした「海上輸送の最適なルート検索」にフォーカスしています。
高精度なトラッキングや予測分析等のプロダクトは既にいつでも使用可能な状態にあるので、そのようなニーズがある企業さんと引き合わせていただければうれしいなと思っています。
編集後記
社名の「ハービット(Harbitt)」が示すように、港(Harbor)を起点とする物流のデジタル化(デジタル用語の「bit」と海事用語の「bitt」をかけている)を進める同社は、世界中でデータが紐づいていないという「地味だが大きな課題」を解決することで、国際物流の未来をよりスマートでストレスのないものに変えていくだろう。
仲田氏が目指すのは、地上の10年遅れとも揶揄される海上輸送領域の非効率さに終止符を打ち、「勘と経験と度胸」の世界から、データをもとに先手を打てる予測可能な世界へと進化させる、革命的なビジョン。グローバルに巨大化、複雑化したサプライチェーンの安定に不可欠な仲田氏の挑戦は、業界のあり方、そして働く人々の環境を根底から変える可能性を秘めている。
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
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