日本では3分に1組が離婚し、離婚に至らずとも、子育て世帯の6割以上が産後に夫婦仲の悪化を経験している。その最大の原因は「対話不足」。しかし、実際に日々の「話し合い」を実践できているカップルは1〜2割に過ぎない。
この「誰もが直面しうる危機」に対し、AIによる対話サポートで「カップルTech」という領域から挑むのが、株式会社すきだよ代表のあつたゆか氏だ。同社が開発した新アプリ「Riamo(リアモ)」は、カップルTech最大の課題であった「熱量の非対称性(主に男性がやりたがらない)」をゲームの力で克服。男性からの招待率が47%にも達するという。
幼少期に感じた異文化の壁から「対話」の可能性を追求し続けたあつた氏は、なぜ「夫婦」や「カップル」という最大の異文化に挑むのか。ICTスタートアップリーグの支援を受け、グローバル展開を加速させる同社のビジョンに迫る。
株式会社すきだよはグローバルに「関係性のウェルビーイング」を実現することを目指している。あつたさんが「カップルTech」の領域に関心を持たれた背景についてお伺いできますか。
あつた:私は3歳から5歳までアメリカのロサンゼルスに住んでいました。帰国した際、自分は「アメリカ人でもないし、日本人でもない」という感覚があり、コミュニケーションの面白さと難しさを強く意識するようになりました。そこから「価値観が違う人とどう話をすればいいんだろう」という問いが、ずっと私のテーマになりました。
大学で国際コミュニケーションを専攻されたのも、その問いからでしょうか。
あつた:まさにそうです。「異文化コミュニケーション」という学問に興味を持ち、大学時代はアメリカ・イリノイ州への留学中もアメリカ人大学生の恋愛文化を研究していました(笑)。私にとって「カップル」は、最も身近で、最も難しい「異文化コミュニケーション」なんです。
「カップル」が「異文化」ですか?
あつた:はい。特に日本人は「私たちは一緒だよね」という前提で話しがちです。しかし、実際は靴下のたたみ方から子どもが欲しいかといった人生観に至るまで、全く違う価値観を持っています。相手がアメリカ人のように国籍や人種が違えば「違って当たり前」という認識から入れますが、日本人は「普通こうだよね?」と自分の当たり前を押し付けてしまいがち。そこからすれ違いが生まれると思っています。だからこそ、この領域に強い関心を持ちました。
大学卒業後は、新卒で大手IT企業に入社されています。起業は当時から意識されていたのですか?
あつた:いえ、全く(笑)。新卒で入った会社は働きやすい会社でしたし、普通にOLをやるつもりでした。ただ、「家族領域」への関心だけは強くて、社会人1年目から副業で株式会社キッズラインのベビーシッターサービスの男性向けマーケティングを手伝ったり、新R25で「結婚2.0」という連載を持たせていただいたり、ライフワークとしてこの領域に触れ続けていました。
そこから2019年に「すきだよ」を創業されますが、きっかけは何だったのでしょうか。
あつた:自分の結婚をきっかけにパートナーシップや家族の社会問題を解決したいと思うようになり、2019年に共働きカップルの対話支援アプリ「ふたり会議」を立ち上げ、株式会社すきだよを創業しました。
当時はまだ新卒で入った会社には在籍されていたんですよね。
あつた:はい。当時は「カップルTech」なんて言葉もなく、周りからは「市場がない」と散々言われました。私もそうだろうな、と思ったんです。だから、IT企業の正社員は続けながら、会社はとにかく死なないことを意識しました。週5は会社員として働き、残りの時間で個人事業主のように「ふたり会議」を静かに運用していました。
本業と並行しての起業は大変だったのではないでしょうか?
あつた:今振り返ると、本業を持ちながら、自分のやりたい事業をサイドプロジェクトとして進めていくやり方はこれから起業する人にもお勧めできると思っています。いきなり会社をやめていたら、市場がない中で採用や資金繰りに失敗して、すぐに潰れていたかもしれません。本業があることでランウェイ(活動継続期間)も長くなりますし、失敗を重ねながらゆっくりユーザーさんの声を聞き、自分のマネジメントスキルも高めることができました。この3年間があったからこそ、今があると思っています。
なぜ3年間もその状態を続けたのですか?
あつた:マッチングアプリの市場が確立した今、その次の「関係性を維持・向上させる」市場は絶対に“波が来る”と確信していました。でも、私自身はBtoCアプリ開発の素人です。だから「私以上にこの課題を解決してくれる、もっとふさわしい誰か」がこの3年間で現れるのを待っていたんです。
しかし、2022年頃から本格的にご自身の事業に舵を切られます。
あつた:3年間、ずっと市場を観察していましたが、結局、カップルの繊細な感情を理解した上でプロダクトに落とし込めるプレイヤーが現れませんでした。 いくつか競合のようなアプリも出ましたが、カップルのインサイトをつかめずに消えていきました。
カップルのインサイト、ですか?
あつた:はい。この領域でほとんどのサービスが失敗する理由は 熱量の非対称性です。カップルTechアプリは、男女で利用モチベーションに差があるのですが、そこを超えられないサービスは、誰にも使われずクローズしていく。その歴史を3年間見てきて、「あ、この領域、私以外にできる人がいないんだな」と、ゆっくり覚悟が決まっていきました。そこからアクセラプログラムに参加し、資金調達を経て、会社員を辞め、この事業一本に専念することにしました。
カップル・夫婦が仲を深めるためのAIカップルアプリ「Riamo(リアモ)」現在も提供されている「ふたり会議」の運営から、今回新たに「Riamo」を開発するに至った背景には、どのような課題意識があったのでしょうか?
あつた:「ふたり会議」は広告なしで7万人以上が使ってくれましたが、大きな反省点もありました。それは「意識が高いカップル」にしか届いていなかったことです。「セックス」「不妊治療」「家事分担」といった話しづらいテーマを提示するアプリだったので、元から問題意識がある人しか使えなかった。これでは、本当に届けたい「話し合えていない」層には届かない。そこで、もっとハードルを下げた新しいアプリとしてRiamoを開発しました。
Riamoは、具体的にどのようなアプリですか?
あつた:Riamoでは、カップルに毎日「仲が深まる質問」が届いたり、一緒に「やりたいことリスト」を管理できたりします。最大の壁である「熱量の非対称性」――つまり男性がめんどくさがらないように、UI/UXを徹底的に工夫しました。
具体的にはどのような工夫を?
あつた:まず、お互いがキャラクターを選んで「箱庭系ゲーム」(自分だけの小さな世界を創造し、観察したり干渉したりして楽しむシミュレーションゲーム)のような楽しい世界観にしました。また、 「質問のパーソナライズ」も行っています。付き合いたて1カ月のカップルと、結婚10年目のお子さんがいる夫婦では、必要な対話のテンションも内容も全く異なりますから。
その成果はいかがですか?
あつた:おかげさまで、9月にオープンベータ版を公開してから非常に好調です。リリース4週間でレビュー200件超え、星評価も5点満点中4.7点をいただいています。そして何より、これまで“めんどくさがる”側だった男性から「Riamoやろうよ」とパートナーを誘う割合が47%に達しました。これは、この領域における大きなブレイクスルーだと手応えを感じています。
仲を深める様々な機能を提供。今後も継続的なサービス改善を実施予定。Riamoはグローバル展開も最初から視野に入れているとうかがいました。
あつた:はい。リリース初日から日本語・英語・韓国語の3言語に対応し、リリースから2週間で35カ国以上で利用されています。実は今、世界では40〜50以上のカップルTechアプリが生まれており、“カップルTech戦国時代”に突入しているんです。
その戦国時代を、どう勝ち抜いていくのでしょうか。
あつた:「関係性を良くしたい」というニーズは人類共通の課題です。一方で、恋愛や家族の文化は国によって全く異なる。アメリカのカップルが好む質問と、アジアのカップルが好む質問は違います。ここで、私が学んできた「異文化コミュニケーション」の知見が生きてきます。私たちはすでにアメリカ、韓国、スペイン、台湾などにローカライズチームを置いて、各国の文化に最適化を進めています。
まさにICTスタートアップリーグでの研究テーマですね。
あつた:はい。リーグの支援で開発しているのが、まさにこの「パーソナライズAI」です。各国の文化差、カップルの関係性(付き合いたてか、10年目か)、個人の性格までAIが分析し、世界中のカップルに「今、ふたりに必要な対話」を届けます。このAIが蓄積するデータは、将来的に世界中のカップルを支える「インフラ」になると信じています。
最後に、ICTスタートアップリーグに参加されてみて、いかがでしたか?
あつた:非常に素晴らしいプログラムです。まず、補助金(研究開発費)のおかげで、私たちはRiamoのアプリ版を世に出すことができました。また、私たちの担当の方が国際恋愛の経験がある方だったりと、伴走支援の“解像度”が非常に高く、丁寧にサポートいただいていると感じます。
リーグの動画配信など、運営の皆さんの「気合の入れよう」も強く伝わってきます。採択いただいて本当によかったと思っていますし、リーグ出身の「すきだよ」がしっかりグローバルで成果を出し、「採択してよかった」と思っていただけるよう、お返ししていきたいです。
Day1からグローバルを目指し、文化差を踏まえた訴求やローカライズを実施。今後10言語以上へ拡大予定。編集後記
インタビュー前、リサーチのために目にしていたあつたさんのSNSから溢れ出ていたのは「パートナーが大好き」という等身大の思いだった。しかし取材を終えた今、その思いは強靭なエンジンに見えている。
あえて3年間動かず機を待つ“大胆さ”や、「自分がやるしかない」と腹をくくるまでのプロセス。そこに見えたのは、柔らかな物腰とは裏腹な、真のリーダーだけが持つ「豪胆さ」だった。
気恥ずかしさすら超えて「すきだよ」という社名を掲げられる強さ。それは、この課題に対する彼女の本気度そのものだ。そんな彼女が“愛”を持って世界を変える日は、きっとそう遠くない。
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
■関連するWEBサイト
株式会社すきだよ
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