ボタン一つで、カメレオンのように自分の装いを自在に変えられたら――。元メルカリのエンジニア・新井康平氏は、コロナ禍でアパレルショップが次々と閉店していく状況に危機感をおぼえ、株式会社メタクロシスを立ち上げた。同社は、画像生成AI技術を活用し、ECサイト上でリアルな試着イメージを実現するAI画像生成ツールを開発。ECサイトの課題である着用写真のコスト問題を改善し、アパレル業界全般の効率化を目指している。エンジニアの知見とファッションに対する熱い情熱を融合させた、全く新しい購買体験の実現を目指す背景と、描く未来についてうかがった。
株式会社メタクロシス代表取締役・新井康平氏新井さんのプロフィールと、創業までの経緯をおうかがいします。株式会社メルカリでエンジニアをされていて、その後、服飾専門学校での学びを経てからファッション業界に転身されたとのことですが。
新井:はい。メルカリではiOSエンジニアとして出品体験の改善に取り組む傍ら、機械学習やAR技術にも取り組み、衣服の出品時に寸法を自動で算出できる自動採寸特許の出願なども行いました。
メタクロシスを立ち上げるにあたり、被服製作の基礎や業界全体に関する知識が不足していることを感じ、服飾専門学校へ通いました。私の通っていた学校は独自のカリキュラムで、服作りの基礎知識に加え、洋服の3Dモデリング技術を両軸で学ぶことができました。
アパレル業界における3Dモデリングとはどういったものですか。
新井:3Dモデリングはコンピューター上で立体的なオブジェクトを設計・作成する技術です。アパレル業界では主に、3Dモデルを対象に服をデザインし、製作する工程を指します。
それまでのキャリアと異なるアパレル業界に挑戦したきっかけを教えてください。
新井:コロナ禍で社会全体や日常生活における閉塞感がどんどん強まり、いつまでこのような状況が続くのかと不安を抱えていた時、自分が通っていた古着屋やセレクトショップが次々と閉店していくのを見て、「このままではいけない、何かできないか」と危機感に衝き動かされたのです。コロナ禍の最中に独立し、メタクロシスを立ち上げたのは2022年8月頃、コロナ禍がある程度落ち着きをみせるくらいのタイミングでした。
具体的にどんな点に関して「このままではいけない」と課題を感じたのでしょう。
新井:私は、店舗での試着や店員さんとコミュニケーションを楽しむ時間が好きで、リアル店舗ならではの楽しさは、オンライン売買の便利さとはまた異なる価値だと感じていました。
コロナ禍で多くの店舗が閉店する様子を目の当たりにして、このままでは店舗体験という大きな要素が業界から失われてしまうのではと感じ、オンラインでもリアル店舗のような購買体験ができる仕組みを作れないかと考えたのです。
AI画像生成「FIGUR」「リアル店舗のような購買体験を」という思いが、仮想試着事業に結び付いたのですね。
新井:はい。商品の質やサイズ感をしっかり吟味して選ぶ楽しさがオンラインで可能になれば、服選びの時間がより豊かになると思いました。弊社が開発しているアパレル企業向けの生成AIサービス「FIGUR(フィギュア)」は、洋服のリアルな着用イメージがわかる画像生成アプリです。
「FIGUR」によって、アパレル業界にどのような革新が生じますか。
新井:アパレル業界におけるECサイトの存在感は年々高まり続けており、掲載される情報を充実させつつ、効率的に制作することが大きな課題となっています。現在、ECサイト上でモデル着用画像も掲載されている商品は全体の半数に満たないブランドも多く、商品画像のみの場合と比べて、モデル着用画像も掲載されている場合のコンバージョン率(購入に至る確率)は向上するといわれています。しかし、撮影コストや撮影時間などの理由から、着用画像を十分に用意することが難しい企業も少なくないのが実情で、写真不足によって商品の魅力をアピールできず、多くの在庫を抱えるという状況につながっているのです。「FIGUR」の生成AIであれば、低コスト・短時間で着用画像を生成できるので、撮影、着用画像不足の課題を大きく改善することができます。
これまでと比較すると、どの程度のコスト改善や効率化が見込めそうですか。
新井:あくまでモデル的な試算ですが、通常撮影であれば、商品手配から写真納品まで、1商品あたり30分から1時間かかるケースが多いのではと思います。それが「FIGUR」なら、最短30秒程度で着用画像を生成できます。画像制作の費用も、1/30~1/60ほどに削減が可能です。
スピード感もコスト削減も飛躍的に向上しますね!「FIGUR」の開発にあたり、特にこだわっているのが「リアルなサイズ感の表現」だとか。
新井:着用した際のサイズ感は、試着の際に強く要視される点です。特に日本はエンドユーザー、企業ともにサイズ感に対する意識が高く、日本人独自の測り方などもあります。弊社は、着用した際のサイズ感や丈の長さ、服のシワ、身体のラインなどをリアルに表現するためのシステム構築と、日本のアパレル商習慣に合わせた提案に力を入れています。
凝ったデザインがされていたり、同じサイズ表記でもブランドによってサイズ感が全く異なったりする場合がありますよね。そのあたりの表現が難しそうです。
新井:画像生成自体は、商品の物撮り写真1枚あれば作れます。バックプリントや襟袖などの細かなデザインの反映は、追加の写真データを活用することで再現可能で、サイズ感についても、実際に人が着ている写真などを読み込ませることで再現の精度を高めます。今後も積極的にデータを収集し、画像生成の精度や効率化を高める研究と、類似したデザインやサイズ感の商品の学習を推進していきます。
「FIGUR」画像生成機能すでに「FIGUR」を取り入れている企業さんはありますか?
新井:はい、導入していただいているアパレル企業様や、有償POC(概念実証)として画像を生成・提供している取り組みもあります。利用企業様からは、「他のAIだとここまで精度のよい画像は作れない」「FIGURがないと事業の成立が難しい」などの声をいただいています。特に、販促にAIインフルエンサーを起用されているような企業様のビジネスとは好相性ですね。弊社は開発を内製化し、ベースアルゴリズムの精度と顧客フィードバックへの対応の速さを強みにしています。独自の学習ロジックにより、日本人が見てイメージしやすい画像生成が得意ということも特徴です。
「FIGUR」の他には、どのような事業、サービスを行っていますか。
新井:「3DCGの衣服を美しく見せるデジタルマネキン」をテーマに、アパレル業界向けに3DCGマネキン「Auin(アウイン)」の提供を行っています。これは3Dモデリングで洋服を制作するソフトウェア(3DCAD)上で使用できるマネキンで、「従来の西洋人体型のマネキンでは日本企業が使いにくい」「海外企業の使用ライセンスが高額」といった声に応えられるサービスです。その他、3DCG・生成AIを用いたアパレルDX業務や、企業の役員などをAIでアバター化し、クローンとしてコミュニケーションを行ってくれるデジタルヒューマン事業についても研究・開発を進めています。
「メタクロシス」という社名には、どんな思いが込められていますか。
新井:「メタクロシス」は、カメレオンなどが環境に合わせて体色を変化させる能力を指します。生成AIや3D技術で、服の着替えを手軽でワクワクするものにしたいという思いを込めて名付けました。同時に、技術者として今後求められる技術を常にキャッチアップしたい、進化を続けたいという思いも込めています。
「FIGUR」「Auin」はともに企業向けのサービスですが、新井さんのお話をうかがっていると、エンドユーザー視点での利便性や楽しさも重要視しているように感じます。
新井:そうですね。業界全体の手助けをしたいという思いもありますが、事業の根底には自分自身が感じた、リアルな服選びに対するときめきがあるので、最終的にはエンドユーザーに直接アプローチできるコンテンツにしていきたいと思っています。
「FIGUR」は現在β版で、2026年早めの正式版リリースを検討していますが、将来的にはユーザー自身の写真を使って仮想試着ができ、自分に似合う服を好きなだけ試着して選べるようにできたらと思っています。そのための技術はすでに準備が整っているのですが、各企業やブランドがECサイト構築を外部企業に委託している場合も多く、システム的にどう組み込んでいくかといった調整や、ビジネスモデルの設計が今後のテーマです。
なるほど。技術的な基盤は確立されていて、あとはアプローチ次第ということですね。
新井:個人的には、エンドユーザーに直接費用を支払っていただくのは難しい側面もあると思っています。例えば企業向けのSAASや、アフィリエイトなどの形を採用することを検討しています。そのためには、まずさまざまなアパレル企業に「FIGUR」をリーチし、実際に使用して効果を実感してもらうことが最初のステップだと考えています。
貴社の事業によって、今後アパレル業界や消費者の行動がどのように変化していってほしいと考えていますか。
新井:ECサイトが普及する前は、欲しい服や好きなブランドを店舗に見に行き、モデルの着用イメージを見たり、試着した上で購入したりするという流れが一般的でした。しかし生成AIの力を使えば、自分で探さなくても、自分に似合う服が画面上で試着した状態で提案されるようになります。さらにいえば、これらのデータを集約させて、多くのユーザーにニーズがあるデザインや流行をもとに、ディマンドプル(需要けん引)型で商品企画ができるようになるので、従来のファッション業界とユーザーとの関係性や、サプライチェーン全体に変革を起こせればと願っています。海外進出も視野に入れていますが、アメリカや中国は競合が非常に強いので、どのようにアプローチしていくかについては今後実績を重ねつつ、検討を続けていきたいと思っています。
似合う服を提案してもらえると、コーディネートの幅がすごく広がりそうです!
新井:AIエージェントが、一人ひとりの体型や好み、予算に応じて商品を提案してくれる、専属の「パーソナルスタイリスト」になってくれるイメージです。ご指摘の通り、買い物の際に自分だけでなく「パーソナルスタイリスト」の視野も加わって、購買体験そのものが劇的に変わっていくのではと予想しています。
最後に、ICTスタートアップリーグに参加されたきっかけと、感想を聞かせてください。
新井:研究開発への投資が必要なプロダクトなので、補助金など、プロダクトを応援していただける仕組みは本当にありがたいです。また実際に参加してみて、予想していたよりセッションが高頻度で実施されることに驚きました。講師の方々の実践的なアドバイスもうかがえて、知見の面でも非常にバックアップいただいています。起業経験のある方や、起業仲間たちとの出会いの場があることも嬉しいです。ご期待に応えられるよう、もっと頑張らねばと思っています。
編集後記
「第二の皮膚」ともいわれる服選びの喜びを、誰もが手軽に享受できる未来を目指すメタクロシス。AIによる着用画像生成が、まずはアパレル企業のコスト削減に留まらず、将来的には私たちの感性や創造性を高めてくれる未来がすぐそこにあると感じた。現在のB2Bサービスで業界の基盤を支えつつ、目指すのは、AIが体型や好みを完全に理解した上で、最適な服を提示してくれる「パーソナルスタイリスト」の世界。この新しい購買体験が、私たちのクローゼットだけでなく、消費行動そのものを大きく進化させていくことだろう。
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
■関連するWEBサイト
株式会社メタクロシス
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