「川」に特化したスタートアップ企業——株式会社フィッシュパスは、ICTスタートアップリーグ採択企業の中でも一風変わった個性を持つ。ICTと川がどのように結びついているのか? その始まりは「遊漁券」だった。
遊漁券とは「入漁許可証」のこと。主に河川で釣りをする際、釣り人はその河川を管轄する地域の漁業協同組合(漁協)が発行する遊漁券を購入することで、釣りの許可を得ているのである。この遊漁券を日本で初めてデジタル化し、スマホで買える仕組みを作ったのがフィッシュパス。釣り人の利便性をアップさせたことで、結果的に漁協の業務効率化や収入アップにもつながった。以降、フィッシュパスは全国の漁協とのネットワークをコツコツと築き、提携する漁協の数は全国で約450と国内シェア6割を持つまでに。今や遊漁券販売だけにとどまらず、ICTの空白地帯といえた川の世界のさまざまな変革を起こそうとしている。
事業を率いる代表・西村成弘氏の経歴もまたユニークだ。フィッシュパス起業前は飲食店を複数経営。フィッシュパスの事業を思いついたとき、自身が使っていた携帯電話はスマホではなくガラケーだったという。
ちなみにリーグで取り組む研究・事業の内容は、川の生物多様性を科学的に見える化する環境DNA技術を活用して、企業の環境貢献を可視化するプロジェクト「SaaS」を開発・実証すること。それによりESG経営を支援、日本全国の川から、アジア、そして世界の生物多様性を守る新たなシンプル基盤を構築していく構想だ。
西村氏にこのプロジェクトにたどりついた経緯と、研究・事業の詳細について聞いた。
株式会社フィッシュパス代表・西村成弘氏フィッシュパス起業以前は飲食店経営とうかがいました。経歴を拝見させていただくと大学は文学部出身。あまりICTやテック関係と縁がなかったように感じますが、どういった経緯でフィッシュパスを起業したのでしょうか?
西村:高校時代、西洋史が好きで、海外にも興味がありました。それで、いずれの分野でも語学は役立ちそうだとドイツ語・ドイツ文化学科に進みました。就職は化学メーカーでしたが、これも海外勤務がある点に引かれたのが理由です。実際、海外事業部の一員としてスイスに赴任したこともあります。
この段階でもフィッシュパスとのつながりが見えませんね(笑)。
西村:実は10代の頃から、いつかは起業してみたいという思いはあったんです。といってもそれほど深い意味や高い志があったわけではなく、周囲と違う意見などを言うことが多かったからか、友人から「性格的に会社員は向いていないタイプ」と指摘されることが多くて……そうなのかな、となんとなく意識していた程度ですが。ただ、会社員時代は通勤の満員電車も嫌で嫌で、毎日やめたいと思っていましたから(笑)、実際あまり向いてはいなかったのでしょうね。
それで飲食業へ。今につながるICT分野ではなく飲食分野を選んだ理由は何だったのでしょう?
西村:20代の頃がちょうどITバブルの時期だったので、起業するならIT分野みたいな意識はあったんですよ。それが飲食に向いたのは「ハーバード・ビジネス・レビュー」という経営学誌を読んだのがきっかけです。
影響を受ける記事があった?
西村:はい。アメリカのシリコンバレーにあるIT系スタートアップ企業を立ち上げた若者の中には、最初に飲食業、すなわち現金商売で事業資金を稼いだ人が多いという記事でした。なるほど、と思い、それでまずは自分も会社から転勤を打診されたタイミングで、飲食業に挑戦しようと考えました。今も拠点を置く故郷の福井にUターンしたのも、そのタイミングです。飲食をやるなら大都市より店舗の家賃を抑えられる福井の方が安全かな、と思いまして。
そういう流れだったのですね!
西村:ところが飲食業を始めてみると、想像以上に大変で「飲食をナメていた」と実感しました。結局、安定するまで数年かかり、経営店舗が増えて、いろいろと余裕が出てきたのが10年目くらい。そこでIT分野で起業したいという熱が再び沸いてきました。飲食もフランチャイズ経営でしたから「自分のブランドで事業をしたい」という気持ちも強くなっていましたし。
遠回りだけど、独立時の思いは忘れていなかった。
西村:はい。まず新たな起業のために福井県立大学に通ってMBAの取得から始めました。その中で、自分で研究テーマを探す課題があったのですが、見つからなくて困ったときがあって。その際に「生い立ちや故郷など自分の足元を改めて観察すると研究テーマが見つかることもあるよ」というアドバイスを受けたんです。それに従って川へ釣りに行ってみることにしました。
ようやくフィッシュパスの話になりそうですね!
西村:小さい頃、祖父にイワナやヤマメを釣りに川へ連れて行ってもらったことを思い出したんです。それで久しぶりに川へと足を運ぶと、山は荒れ果て、土砂が川に流れ込み、魚のすみかも減っていた。かつての川の姿がそこにはなかったんです。遊漁券のことも、そのときに知りました。この経験がきっかけとなり、福井県立大学での地域活性化の研究や遊漁券のデジタル化事業をはじめ、フィッシュパスの起業につながっていったのです。
川での西村氏と紙の遊漁券現在のフィッシュパスの事業について教えてください。
西村:川が荒れた大きな原因は、管理する漁協の担い手不足と経営悪化。そして経営悪化の最大の問題は遊漁券の未購入でした。遊漁券を買わずに無許可のまま釣りをする人は少なくなく、券が必要だと知らない釣り人もいる。あるいは知っていても販売場所が分からないという人もいました。漁協も未購入者対策として見回りや監視もしますが、人件費もかかり、限界がある。そこで遊漁券をデジタル化して、スマホから24時間オンラインで買えるシステムを開発したんです。
それまでIT分野とは無縁だったのに、すごい行動力ですね。
西村:ビジネスプランコンテストのような起業支援制度を利用して開発資金を得たりしていました。人材についてはふくい産業支援センターに相談して専門家やアプリ開発を請け負ってくれそうなIT企業を紹介してもらったこともありました。漁協に関してはまず、故郷の竹田川という河川の漁協に熱意を伝えて導入していただきました。そこで遊漁券の売り上げが1.5倍になったことで、少しずつ導入していただける漁協が増えていきました。
そして今は約450の漁協が導入するまでに。
西村:遊漁券を購入できるだけではなく、アプリを通じて川の水位情報を閲覧できたり、急な増水があった場合は通知がきたり、傷害保険も自動付帯されたりと釣り人にとって役立つサービスも展開しています。また、スマホのGPS機能を使って券の購入者の位置や状況を見回りに出なくても把握できるようにすることで、漁協の釣り人位置確認業務の57%を削減できたというデータもありました。
釣り人と漁協、どちらもメリットが大きいシステムだったのですね。
西村:さらに2017年に総務省のICT地域活性化大賞の優秀賞に選ばれたことが全国展開のきっかけとなりました。ちなみに福井の九頭竜川は川釣り愛好者にとって聖地のような川なのですが、そのおかげで遠隔地の漁協への営業においても「九頭竜川の福井から来ました」という挨拶が名刺代わりになりました。すぐに受け入れてもらえることも多く、地方だからこそ生まれた、地方ならではのビジネスだと実感しましたね。
漁協のICT化_遠隔監視フィッシュパスは遊漁券から「川」に特化したビジネスを展開しています。ICTスタートアップリーグに採択された研究・事業内容についても詳しく教えていただけますか?
西村:遊漁券のスマホ販売のビジネスを始めてからは、しばらくはこのアプリの全国展開を中心に事業を進めていました。結果的に全国の漁協とのネットワークも広がりました。その間、いろいろなビジネスや相談も来ましたが、自分としてはこの領域で一番になること、「川」で一点突破する気持ちが強かったんです。そしたら、5年ほど経って今回の研究・事業内容、「環境DNA技術」と出会ったんです。
「環境DNA技術」とは?
西村:簡単に説明すると、コップ一杯分の川の水のDNA要素を解析して、その川の生態系を探る技術です。これまで生態系の調査は実際に川に潜って行うなど、アナログな方法が主でした。しかし、この技術があれば手軽に調査、解析が可能になり、川の生態系をより科学的かつ定量化できるデータの蓄積につながります。
なぜ、この技術がフィッシュパスにとって重要だったのでしょうか?
西村:例えば天然のサケは秋になると生まれ育った川に遡上してきます。しかし、年によってはあまり上がってこない年もある。すると遊漁券を買う釣り人も減り、漁協の売上も減り、我々のビジネスにも影響が出る。いつかこうした壁は来ると常に考えていました。つまり、フィッシュパスの遊漁券デジタル販売サービスは、豊かな魚、生態系の川がないと成り立たない商売なんです。だからこそ、我々は川の状態を常に把握して、生態系の崩れ、異常がないかをチェックする必要がある。そして豊かな生態系が存在する川を守ることも。なので、今後はより環境DNA技術が重要になってくると考えています。
フィッシュパスの漁協ネットワークがあれば、全国の多くの川の生態系のデータを解析、蓄積できそうですね。
西村:これまで築いた信頼関係で、一声かければ全国から一斉にサンプルが集まりますし、大量のサンプルを迅速に処理できる自社の分析センターも整備しています。ICT・DXを駆使することで、複雑な生態系データを誰もが理解できる価値ある情報へ変換していくことも視野に入れています。
西村さんが幼い頃に釣りをしたりして遊んだ川の環境の保全、復活にもつながりそうですね。
西村:はい。「生まれ育った地域の川を良くしたい」がフィッシュパスの事業の原点。全国の川の環境保全のためにも川のDX化を進めていきたい。荒れ果てた川を、私が子どもの頃の姿に戻し、次の世代……自分の孫世代と一緒に釣りを楽しめるようにしたいですね。
環境DNA分析ラボ風景ICTスタートアップリーグに参加してみての感想を教えてください。
西村:先日、初めてリーグアカデミーに参加させていただき、バリューアップセッションで登壇しましたが、面食らいました(笑)。
何にですか?
西村:私はこれまでさまざまなアクセラレータ事業に参加してきましたが、雰囲気が全く違うんです。すさまじくうごめいているというか……良い意味で何かを破壊して創造を生むような空気感を感じます。アクセラレータ事業ってどこか優等生的なのですが、そんなイメージをぶち壊されました。
具体的には?
西村:私のビジネスに対する質問や、逆に私が求めたアドバイスなど返答が想定を超越していることが多いです。例えばフィッシュパスの説明をしたら、「熊対策もやってみればよいのでは?」という意見を皆さんからちょうだいして、結局、所定の時間の3/4が熊対策の話になりました。
確かに熊は川に沿って街へ出てくることが多いといわれますが……川の生態系とは別ですからね(苦笑)。
西村:でも、バリューアップってそういうことだと思うんです。壁にぶち当たっている、一皮むけないスタートアップがブレイクスルーするには、視座の高さ、懐深い引き出しからのアドバイスで、こちらが破壊されることも、時には必要な気がします。公の場でそんな気分になったのは初めてですよ。
ICTスタートアップリーグは「成果を出すために、誰もやったことがないことをやる」という精神が強いことも影響しているのでしょうね。
西村:フィッシュパスの事業は将来的には海外展開も視野に入れています。そんな話をリーグでしたら「どうせなら日本の漁協のシステムを、釣りというレジャーと一緒に東アジアに輸出したら?」なんてアイデアをいただきました。そんなこと言われたのは初めてで、面白さを感じましたね。
海外展開にあたっては新たな人材も必要になってくると思いますが、伴走支援してくれるICTスタートアップリーグではそういった縁とも出会えそうですね。
西村:環境DNA技術によって複雑な生態系データを、分かりやすい形に変えられる。そうすれば企業も行政も地域の人々も同じ目線で川の環境保全について話し合える場を作れるはず。それを地域の川からアジア、そして世界へと広がる生物多様性保全の仕組みを築き、人と自然と共生する未来を実現したい。その点でもICTスタートアップリーグには期待をしています。
生物多様性見える化SaaSデモ画面編集後記
海外への憧れがあり、学生時代はバックパッカーでもあったという西村さん。現在もまとまった休みがとれると1人旅に出かけることもあるそうだ。「いまだにバックパッカー。特に東南アジアへ行くのが好きですね」。ただ、今はどうしても川に目に行くことも多い。
「東南アジアの国々には、まさに今、発展中という成長の息吹をビンビン感じます。汚い川、そこで無法的に釣りをしている人々も、その象徴に見え〝昔の日本もこんな感じだったのかな〟なんて考えますね」
フィッシュパスの海外進出は、そんな「実地調査」も参考資料となるのだろう。
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
■関連するWEBサイト
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