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人に寄り添う、ユニークな楽器作り ―新世代の規格MIDI 2.0の技術を応用して、より多くの人々を音楽の世界へ導く―【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:コレット楽器】

世界的な楽器メーカーが集まる「音楽の街」浜松で、2025年6月6日の「楽器の日」に創業した「コレット楽器」。

大手楽器メーカーで電子楽器の設計や開発に従事したのち、2025年に独立してコレット楽器を立ち上げた久保翔平さんが、事業の中心となる製品開発で活用しているのは、2019年に発表された技術、「MIDI 2.0」。電子楽器やコンピュータなどのデバイス間で演奏情報を数値化したデジタル信号を伝達するために、1980年代初頭に誕生した共通規格「MIDI(Musical Instrument Digital Interfaceの略。MIDI 2.0と区別し、MIDI 1.0とも言われる)」の拡張規格、つまり「進化したMIDI」である。

PCや電子楽器を用いる今日の音楽制作に不可欠な技術であるMIDI。コレット楽器では、さらなるパワーアップを遂げたMIDI 2.0を応用して、コンバータや新たな電子楽器の開発を行なっている。MIDI 2.0の可能性や、久保さんのものづくりの原点について、詳しくうかがった。

MIDI2USB CONVERTER 開発ボードMIDI2USB CONVERTER 開発ボード

ロボコンの経験で培った、自分だけのユニークなものづくり

楽器制作の道に進む以前は、大阪府立高専で機械工学を学ばれていたとのことですが、そこから音楽の領域に進まれていったきっかけは何だったのでしょう?

久保:元々音楽が好きだったので、高専に入学してからバンドを始め、ベースを弾いていました。ただバンドの活動はあくまでも趣味の一環で、高専在学時に力を入れていたのは「ロボコン」でロボットを作る活動でした。30人くらいのチームで協力して一つのロボットを作り、「NHK高専ロボコン」の近畿地区大会では優勝した経験もあります。

ロボコンで優勝も! どのようなロボットを作っていたのですか?

久保:いろいろなロボットを作ったのですが、特に印象に残っているのは、私の出身地である大阪をモチーフにして、買い物袋を持った2人のおばちゃんがチャンバラをしながら商品を取り合う、というロボットを作ったことですね(笑)。

とても面白いロボットですね(笑)

久保:高専ロボコンでは優勝の他に、独創性なアイデアや総合的な技術の際立つロボットが選ばれる「ロボコン大賞」という賞が設けられています。競技をクリアして優勝するための強いロボット作りももちろん重要ですが、自分たちにしかできないロボット作りを実現させるという観点からも評価してもらえる大会なんです。先ほどのおばちゃん型のロボットは、私がロボコン引退の年に出場した際に作ったものだったのですが、競技に勝つことよりも「いかにユニークなロボットを作れるか」ということをかなり重視して臨みました。このロボットは得点をたくさん取れるような強いものではなかったのですが、テレビ番組にも注目していただいて。そこで、技術的に秀でている強いロボットを作るだけでなく、「自分たちだけができるものづくり」の魅力をしっかり伝えることも大事なんだな、と思いました。

ロボコンで経験された「ユニークで自由なものづくり」は、久保さんが10年以上活動を続けられている「ねや楽器」での、自作楽器の数々にも表れているように思います。

久保:そうですね。高専在学中に自分でいろいろなものを作れるようになり、ロボット以外も作ってみたいなと思い始め、当時バンドをやっていて音楽が好きだったこともあって、自分で楽器を作るようになりました。最初はエフェクターなど実用的なものを作っていたんですけど、だんだんお店で売っているようなものではなくて、完全に自分オリジナルのユニークなものを作りたいなと思って。その中で最初に作ったのが、「箒ギター」でした。これは箒の形をしているのですが、本物のエレキギターと同様に、フレットに対応したボタンがあって、ブラシ部分を弾いたり叩いたりすると、センサーが反応して音が出るようになっています。

学校の掃除の時間によく見た箒エアギターが、楽器として実現するとは!

久保:当時学校の文化祭でこの箒ギターを発表して、多くの人に面白いと言ってもらえました。先ほどのロボコンのように、ユニークなものを作って発表していくことが自分のやりたいことだと気づいて、自分だけの面白い楽器を作る「ねや楽器(※1)」という活動を趣味で始めました。
※1:大阪府立高専があった「寝屋川市」+「楽器」という意味で「ねや楽器」と名付けた。

箒ギター箒ギター

ロボットから人間の体へ。“人”に寄り添うために“人”を知る

高専専攻科を卒業された後、九州大学大学院芸術工学専攻へと進学され、聴覚の錯覚現象について研究されたとのことですが、なぜこのような進路へと進まれたのですか?

久保:高専で機械工学を学んで、物を作る技術や重要性はよくわかりました。そのうえで高専在学中に発生した東日本大震災がきっかけのひとつとなり、人に寄り添うようなものづくりをしたいと強く思うようになりました。そのためには、やはり人間の「心理」や「体験」についてちゃんと勉強しないといけない。そこで心理学と、自分が好きな音楽をかけ合わせて、聴覚心理学という研究分野に進むことを決めました。

ちなみに具体的にはどのような研究をされていたのですか?

久保:「空隙転移錯覚(くうげきてんいさっかく)」という錯覚現象を研究していました。簡単に説明すると、鳴っている音が途切れているのに途切れていないように聞こえたり、その逆に途切れていない音が途切れているように聞こえたり、という現象です。この研究をしていた2年間は、人間の脳や体のメカニズムに関する論文をひたすら読んでいました。特にイギリスの神経科学研究者、デビッド・マーの著書「ビジョン」は、人間の脳を研究する意義や方法を学ぶ上で大きな影響を受けました。

ロボットから人間の体へ、学びや研究の対象を広げていったのですね。

久保:錯覚現象の研究は、人間がどうやって音を聞き、どのように音を処理しているのかという、人間の脳のプロセスを解明することにつながります。それまで、高専在学時の私はロボットやその他さまざまなプログラムを作る側だったわけですが、それらのプログラムが実際に埋め込まれている人間の体を解析していくことがすごく面白くて。人間の体って本当によくできているなと実感しました。

音の強さや音色を表すデータの表現幅は500倍以上に! 多彩な表現を可能にするMIDI 2.0

大学院で修士号を取得された後は、大手楽器メーカーに就職して浜松に移住されたとのことですが、仕事として楽器の制作に携わっている中でも、「ねや楽器」の活動は続けていたのですか?

久保:はい。仕事と「ねや楽器」の活動の両立は大変ではあったのですが、趣味である「ねや楽器」の活動で得た経験や知識は仕事でも活かせますし、またその逆に、仕事で得たことも趣味で活かせることができるかなと。仕事と趣味の相互作用によって、自分自身もさらに成長できるのではないかと思い、両方続けていました。

そうした中で、2025年に楽器メーカーを退職後、「コレット楽器」を立ち上げられた理由をお聞かせください。

久保:自分がやりたいことの根幹はやはり「ユニークさ」にあると感じていまして。大きな楽器メーカーにいると、いろいろな楽器の設計や開発に携われるのですが、「ユニークさ」を追求したいという自分の個性を出すことは難しくなってしまいます。今よりももっと自分がやりたいと思うものづくりをしたいと考え、独立しました。

「コレット楽器」の中心的な事業として久保さんが着目しているのが、「MIDI 2.0」という技術を活かした製品開発ですね。そもそもMIDIとは、どのようなものなのでしょうか?

久保:MIDIは、電子楽器同士をつなげるために1980年代に作られた共通規格です。今ではUSBやBluetoothなどが普及していて、機器同士をつなげることは簡単になっていますが、MIDIが誕生した当時はインターネットも全く普及していない状況でした。そうした中で誕生したMIDIは、現在はPCを使った音楽制作やカラオケ音源、さらに照明機器の制御などさまざまな場面で使われています。
ただ、40年以上ずっと変わっていない技術なんです。私は高専在学中にMIDIを知って、学生でも使えるくらい簡単な仕組みなのでよく使っていたのですが、当時すでに先輩から「いにしえの技術」として教えられたほどで、「いまだに新しい技術が使われていないのは正直どうなのかな」と思っていました。

そうした従来のMIDI 1.0と比較すると、MIDI 2.0はどのような機能になっているのでしょうか。

久保:MIDI 2.0ではさまざまな機能が追加されているので、その全てを説明するのは難しいのですが、従来のものと比べると大きく変わった点が2つあります。
まず1つ目は、データの表現幅が各段に広がったという点です。MIDI 1.0では7ビット、つまり0から127までの128段階でしかデータを表現できなかったのが、MIDI 2.0だと32ビットまで増え、65,000以上に大きく進化しています。この変化によって、例えばキーボードの鍵盤を押す強さ、すなわち音の強さの表現が128段階から65,000以上へと格段に広がります。他にも、音色や奏法などの調整も細かくできるようになり、幅広い音のニュアンスの表現が可能になりました。

なるほど。2つ目の変化とは?

久保:双方向通信になったことです。従来のMIDI 1.0では、送信機から受信機へ、という一方通行でしかデータを送ることができず、送り先の情報の確認や設定に手間がかかっていました。しかしMIDI 2.0では、双方向でデータをやり取りすることができるようになり、互いのデバイスの情報を取得しやすく、また自動的にピアノ専用モードやドラム専用モードなどに切り替えてセットアップすることができます。使う人にとってはかなり利便性が高くなったと言えます。

より自由な音の表現を可能にするMIDI 2.0に魅力を感じられたのですね。

久保:はい。楽器メーカー在籍時にMIDI 2.0が発表され、当時は「ようやく現代にふさわしいMIDI規格が新しく登場したな」と感じました。ただ、仕事でもMIDI 2.0に深く関わっていた時期があったのですが、MIDI 2.0は普及に至る壁が非常に高いんです。人は変化を好まないので、新しい技術が出てきても、従来の規格のままの方が楽だよねと言われてしまう。MIDI 2.0誕生から数年が経っても、業界内ではMIDI 2.0普及への歩みが停滞しているように感じられました。そこで、自分が先陣を切ってMIDI 2.0をフィーチャーして、より多くの人に普及させたいと思い、コレット楽器の事業を始めました。

開発中の微分音キーボード。鍵盤に取り付けられたセンサによって指の動きを検出し、鍵盤毎の微細なピッチ変化を可能にする。センサの制御技術にはロボットづくりで学んだノウハウが活かされている。開発中の微分音キーボード。鍵盤に取り付けられたセンサによって指の動きを検出し、鍵盤毎の微細なピッチ変化を可能にする。センサの制御技術にはロボットづくりで学んだノウハウが活かされている。

MIDI 2.0が広がった先にある、新たな世界とは

2025年10月には、MIDI 1.0とMIDI 2.0のデータを変換する基板「MIDI2USB CONVERTER 開発ボード」の販売を開始されています。現行のMIDI 1.0デバイスで安価にMIDI 2.0のソフトウェアの動作検証ができる便利な製品ですが、他には、どのような製品を発表される予定なのでしょうか。

久保:11月末に、微分音を鳴らすことができる電子鍵盤楽器を発表します。微分音とは、ドレミファソラシドの中では表現できない、より細かい音階のことです。例えばドとドのシャープの間など、半音よりもさらに細かく分けられた音を微分音と呼びます。従来よりも細かく音を表現できるというMIDI 2.0の特徴を活かしたキーボードです。

MIDI 2.0だからこそ実現した電子楽器なのですね。先ほど、MIDI 2.0を普及させたいという思いをお話しいただきましたが、この技術が普及することによって、音楽の制作や演奏をめぐる環境はどのように変化していくと想像されていますか?

久保:MIDIのことを全く知らない人でも、音楽を気軽に、簡単に作れるようになっていくのではないかと思っています。今、スマートフォンを使って画像や動画などさまざまなデータが共有されていますよね。そうした時に、どういう形式のデータがどのような方法で送られているか、ということを多くの人は普段意識していないと思います。従来のMIDIはどのデータがどこから送られているのか、といったことを考えながら扱う必要があったのですが、MIDI 2.0で双方向通信が可能になったことにより、手軽に音や音楽が共有され、新しい音楽、そして音楽を作る人もどんどん増えていくだろうと想像しています。

MIDI 2.0の普及を越えた、MIDIが意識されない世界まで見据えているのですね。今後、MIDI 2.0に関する事業をどのように成長させていかれるのでしょうか。

久保:まず、海外展開を着実に進めたいと思っています。世界には、国や地域ごとでさまざまな音楽が育まれています。例えば先ほど紹介した微分音キーボードについては、伝統音楽や現代のポピュラー音楽にも微分音の使用が多く見られる、インドや中東などの地域へも販売経路をのばしたいと考えています。まずはデバイス販売が事業のメインになりますが、今後はライセンス型のビジネスモデル(特許出願済み)の可能性も視野に入れています。
また、将来的にはドローンやロボットの制御にも、MIDI 2.0を使えるのではないかと思っており、実現に向けていろいろと構想を練っています。楽器や音楽に親しみのない人にも楽しんでもらえる製品作りを第一に、いろいろなことに挑戦したいと思っています。

MIDI 2.0のさらなる可能性を感じます。最後に、ICTスタートアップリーグ参加への感想を伺えますか。

久保:独立して起業したばかりで、右も左もわからない状況だったため、さまざまな分野でスタートアップに取り組む方々と知り合えることは非常にありがたいです。今後は幅広い業種の方とつながりを深めていきたいと思っています。

Music China 2025展示の様子。2025年10月に中国・上海で行われた楽器トレードショーに参加して、MIDI2USB CONVERTER開発ボードの展示を行った。Music China 2025展示の様子。2025年10月に中国・上海で行われた楽器トレードショーに参加して、MIDI2USB CONVERTER開発ボードの展示を行った。

編集後記
子供の頃にピアノやヴァイオリンなどの楽器を習うことはできなかったものの、さまざまな経験を経て、今は楽器を作る立場にいる――久保さんは自身のこれまでの経験を振り返った後、「楽器や音楽に親しみのない人にも、音楽の世界が選択肢やチャンスのひとつにある、ということを知ってもらいたい」という思いを語った。
会社名につけられた「コレット」は、回転する工具同士をつなげるための小さな部品を指す。いろいろな人と楽器をつなげる架け橋になりたいと話す久保さんの、人と楽器双方への愛情、そしてものづくりへの探求心を深く感じた取材であった。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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