コラム
COLUMN

「時は命なり」――自らコードを書く元コンサル起業家が挑む、育児の“社会インフラ化”革命【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:株式会社Simplee】

キャリアか、育児か――。現代日本において、多くの親たちがこの二者択一の問いに直面し、葛藤している。仕事を優先すれば子どもとの時間が犠牲になり、育児に専念すればキャリアの断念を余儀なくされる。「小1の壁」や「待機児童問題」といった言葉が象徴するように、子育てを取り巻く環境は依然として厳しい。

しかし、「その両方を100%楽しむことは不可能ではない」と力強く語る起業家がいる。株式会社Simpleeの代表取締役、諏訪実奈未氏だ。

彼女が提唱するのは、「Childcare as a Service(CaaS)」という新しい概念だ。

それは、育児を個人の責任(BtoC)として完結させるのではなく、ホテルや商業施設、企業といった社会の側(BtoBtoC)が当たり前に託児機能を持つ世界観である。

慶應義塾大学在学中に起業し大手への事業譲渡を経験、その後外資系コンサルティングファームでDXの最前線を走り、さらには自らプログラミングを習得してシステムを開発した異色の経歴を持つ諏訪氏。

「時は命なり」という信念のもと、100万人の潜在保育士とともに日本の育児インフラをアップデートしようとする彼女の挑戦の軌跡と、その未来図の核心に迫った。

株式会社Simplee代表取締役 諏訪実奈未氏株式会社Simplee代表取締役 諏訪実奈未氏

「黄金の時」に学んだ学生起業と、あえて選んだコンサルの道

まずは諏訪さんのルーツからお聞きしたいと思います。資料を拝見すると、学生時代からすでに起業を経験されていたそうですね。どのような事業だったのでしょうか。

諏訪:はい。慶應義塾大学(SFC)在学中に女子大生が主体的に社会課題に取り組む事業を立ち上げました。当時はまだ「インフルエンサーマーケティング」という言葉も定着していない頃でしたが、「女性による女性のためのマーケティング」を掲げ、女子大生が企業の商品開発や自治体の地方創生に参画するモデルを作りました。

今で言うZ世代マーケティングの先駆けのようなもので、ミスキャンパス出場者などの影響力のある学生を集め、大企業の新規事業開発のコンサルティングなどを行っていました。卒業と同時にこの事業は大企業に譲渡しています。

当時、起業に対してどのような思いを持っていたのでしょうか。

諏訪:私は学生時代を「黄金の時」だと思っていたんです。社会人になると「〇〇会社の誰々」という肩書きや会社の看板で見られますが、学生であればフラットに、時には企業の審査の裏側や本音を聞かせてもらえるチャンスがある。この特権を生かして、とにかく行動してみようと。

もちろん、大人たちから厳しいフィードバックを受けることも多々ありました。「それではビジネスとして通用しない」と一蹴されることも。でも、当時の私は若さと柔軟さだけはあったので、「自分のやり方が間違っているなら修正すればいい」と、素直に吸収して改善を繰り返していました。その経験が、今の経営者としての足腰を作ってくれたと思います。

そのままシリアルアントレプレナーとして次の起業をする道もあったと思いますが、新卒で外資系コンサルティングファームに入社されています。これはなぜですか?

諏訪:「社会の研修を無料で受けられる」というのは動機の一つです。学生起業で一定の成果は出せましたが、所詮は学生の真似事という側面も否めません。大企業の力学や意思決定のプロセス、グローバルスタンダードな評価制度(360度評価など)、大規模なシステム構築の裏側など、組織の中に身を置かないと学べないことが山ほどあると感じていました。

そこで、副業が可能で、かつ最先端のビジネススキルが身につく米系コンサルティングファームを選びました。結果として、そこでの約6年間は、金融機関などの大規模プロジェクトを通じてDXやシステム導入の現場を深く知る貴重な時間となり、現在のSimpleeの技術的な基盤になっています。

株式会社Simpleeが提供するソリューション「CaaS」株式会社Simpleeが提供するソリューション「CaaS」

ライフイベントの壁と、「コードを書く」という突破口

順風満帆なキャリアに見えますが、転機となったのはやはりご出産でしょうか。

諏訪:間違いなく、それが最大のターニングポイントでした。

私は元々、「仕事も育児も同じくらい全力でやりたい」という欲張りな理想を持っていました。子育てが終わった後に「私には何が残っているんだろう?」という“空の巣症候群”にはなりたくなかったですし、これからは共働きが当たり前になり、私と同じように葛藤する人が増えるだろうと予測もしていました。

しかし、現実は甘くありませんでした。いざ復職しようとすると、信頼できるシッターさんは見つからないし、企業の福利厚生も使い勝手が悪い。何より、シッター代が高額で、自分の給料とほぼ同額が消えていくという経済的な矛盾に直面しました。「働きたいのに、働くためのコストが高すぎる」。この強烈なペイン(痛み)が、今の事業の原点です。

そこで「ないなら作ろう」と動かれたわけですが、驚いたのは、諏訪さんご自身がプログラミングを独学してシステムを作られたという点です。コンサルタントがコードまで書けるというのは非常に大きな武器ですね。

諏訪:はい、産休・育休中に猛勉強を始めました(笑)。当時、本業でDXのコンサルティングをしていたこともあり、ITの知識を深めたいという動機もあったのですが、何より「自分のアイデアを形にする力」が欲しかったんです。フロントエンド、バックエンド両方を学び、サーバーを借りて、急な予定でも託児予約ができるWebアプリのベータ版を自分で作りました。データベースが動いて情報が格納された時の感動は今でも覚えています。

なぜそこまでして「自作」にこだわったのですか?

諏訪:起業には「ヒト・モノ・カネ」が必要だと言われますが、実績のない個人がいきなり優秀な「ヒト」や潤沢な「カネ」を集めるのは至難の業です。でも、「モノ(プロダクト)」なら自分の手で作れると思ったんです。

実際に動くシステムを持ってピッチコンテストに出たところ、それを見た投資家の方(インキュベイトファンド)から「これをビジネスにしないか」と声をかけていただきました。もしあの時、パワポの資料だけで説明していたら、ここまで早く話は進まなかったと思います。自分で「モノ」を作ったことが、結果として「ヒト」と「カネ」を引き寄せる磁石になりました。

法人向けCaaS法人向けCaaS

「Childcare as a Service」――育児を社会インフラへ

そうして生まれたのが、Simpleeの核となる「Childcare as a Service(CaaS)」という概念ですね。これは従来のベビーシッターサービスとは何が違うのでしょうか。

諏訪:一言で言えば、「個人(C)が手配する」のではなく、「社会(B)が手配する」世界への転換です。

従来のシッターサービスはBtoCが主流で、親が自分でシッターを探し、契約し、調整する必要がありました。しかしSimpleeのCaaSは、ホテルや結婚式場、イベント主催者といった「企業(B)」に託児機能を実装するBtoBtoCモデルです。

例えば、マリオット系列のホテルにCaaSを導入いただいているのですが、宿泊客が「子どもを預けて食事に行きたい」と思った時、コンシェルジュ経由でスムーズに託児を予約できます。裏側のシステムとオペレーションは全てSimpleeが担うので、ホテル側はリスクなく「託児機能付きホテル」になれる。

これにより、インバウンドの観光客や、結婚式に参列するご家族など、「子どもがいるから」と諦めていた体験(コト消費)が可能になります。

なるほど。「場所」に育児機能が埋め込まれているイメージですね。システム面でのこだわりはありますか?

諏訪:こだわったのは、現場のオペレーションに即したUI/UXです。

お子さんの急な発熱によるキャンセルや、利用時間の変更など、予約内容の「マイクロな変更」が頻発します。これを電話やメールの伝言ゲームでやっていると、必ずミスが起きるし、現場の負担も大きい。

私たちのシステムは、エンドユーザー、施設、Simplee、シッターの間で情報がリアルタイムに同期されるので、複雑な調整コストを劇的に下げることができます。これは私自身が現場でオペレーションを回し、痛みを肌で感じたからこそ作れた機能です。

新たなサービスが普及することでシッターさんの雇用にもつながりそうです。

諏訪:日本には保育士資格を持ちながら現場で働いていない「潜在保育士」が約100万人いると言われています。その原因は、低賃金や長時間労働、休みの取りにくさです。

Simpleeは、富裕層や法人向けの付加価値の高いサービスを提供しているため、シッターさんにも相場より高い報酬をお支払いできます。また、「ハレの日」を支える仕事は感謝の言葉を直接いただける機会も多く、やりがいも大きい。「薄利多売」ではない、専門職としての誇りを持てる新しい働き方を提案できていると自負しています。

個人向けCaaS個人向けCaaS

「時は命なり」の哲学で、世界への展開を目指す

今年度、ICTスタートアップリーグに採択されました。今後の展望をお聞かせください。

諏訪:リーグへの参加を通じて、視座の高いメンターや同期の起業家たちと切磋琢磨できる環境は、非常に大きな財産になっています。スタートアップはいかに信念を持って進み続けられるかが勝負なので、同志の存在は心強いですね。特に、国の支援を受けているという事実は、B2B事業における信用の獲得において大きな意味を持っています。

今後のビジョンとしては、まずは国内の主要都市から全国へとCaaSを展開し、将来的にはアジアを中心としたグローバル展開を見据えています。文化的に親和性の高いアジア圏でも、少子化や共働きの課題は共通しています。すでにタイ出身のメンバーもチームに加わっており、クロスボーダーな案件も進めています。

最後に、諏訪さんのような挑戦を目指す方へのメッセージをお願いします。

諏訪:私自身、起業当初は「失敗」を極度に恐れていました。でも今は、「失敗することほど重要なことはない」と考えています。思うようにいかない時こそ、そこからデータを集め、分析し、改善するチャンスです。起業は「失敗の経験を何回積めるかゲーム」だと思って、ぜひ恐れずに挑戦してほしいです。

私にとって「時は金なり」ではなく「時は命なり」です。限られた人生の時間を、自分も、そしてユーザーの皆さんも、最高に輝けるものにするために、これからもSimpleeは挑戦を続けていきます。

右:法人向けCaaS画面、左:個人向けCaaS画面右:法人向けCaaS画面、左:個人向けCaaS画面

編集後記
「時は命なり」――インタビュー中、諏訪氏が何度も口にしたこの言葉は、単なる効率化の標語ではない。子育てによって自身の可処分時間が極限まで減った経験から滲み出た、切実な哲学だ。
そんなストイックな経営者の彼女だが、取材の最後にふと母親の顔を覗かせた瞬間があった。
「最近、息子と料理をするのにハマっているんです。ハンバーグをこねたり、餃子を包んだり。あれって工作の延長みたいで、いい『共同作業』になるんですよね」
時間を大切にし、秒単位でビジネスを動かす彼女が、子どもと並んでハンバーグをこねる時間。それこそが、彼女が守りたい「命の時間」の豊かさなのだと感じた。Simpleeが広げる「選択肢」は、そんな温かい時間を世界中の家庭に増やしていくに違いない。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

その他のコラム

STARTUP LEAGUEのスタートアップ支援について、詳しくはこちらをご覧ください。