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心房細動の「見逃し」をなくしたい——現役医師が挑む、不安を安心へ変えるAIモニタリングシステム【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:川治徹真氏】

ICTスタートアップリーグの特徴の一つは、まだ起業はしていなくても、将来的に事業展開の意図があれば個人の研究でも採択される点にある。いわば将来有望ならば「スタートアップの芽」にも積極的に支援をしているのだ。

三菱京都病院の心臓内科で担当医長・不整脈班チーフとして不整脈診療に従事する川治徹真氏も、個人として研究を採択された一人。医療の現場で働きながら、母校でもある京都大学の大学院で医療・情報学の研究員として活動している。

採択された研究テーマは「心房細動モニタリングAIシステム」。心房細動とは不整脈の一種で、心臓の一部である心房が小刻みな痙攣を起こし、脈が不規則になり、動悸(どうき)、息切れ、めまいなどを引き起こし、脳梗塞のリスクも高まる。

その診療において課題の一つとなっているのが、症状が出ないケースもある点だ。自分で気がつかないうちに症状が進行し、治療が遅れてしまうこともある。「心房細動モニタリングAIシステム」はそんな課題の解決につながる研究。AIを活用して、心房細動の症状やリスクの高まりを患者自身が日常的に確認できるシステムなのだ。

川治氏は長年の研究によって、そのプロトタイプの開発に成功。ICTスタートアップリーグに応募した理由は、実用化という次のステップを目指す段階に来たと判断したからである。医療の最前線で命と向き合う現役医師が、なぜ今、ビジネスの世界へ足を踏み入れたのか。その思いと展望に迫った。

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30秒で心房細動のリスクを可視化するAI

「心房細動モニタリングAIシステム」を詳しく教えていただけますか?

川治:小型のウェアラブルセンサで取得した30拍、時間にして約30秒のR-R間隔(1回の心臓の拍動にかかる時間。心拍数や自律神経の機能を評価する指標になる)のデータから、心拍変動(HRV)解析技術と機械学習を用いて心房細動の有無や、心房細動のリスクになり得る期外収縮(正常な心臓のリズムの間に、時々「ドキッ」と不規則な脈が入る症状)の頻発を自動で検出するAIシステムです。

30秒測定するだけで分かるというのはスピーディーですね。

川治:はい。このシステムを使えば正常、心房細動、期外収縮のいずれかをすぐに判断でき、スマホアプリ上で結果を即時に確認できます。

近年は心拍数を測定、記録したり、心電図アプリを搭載できるスマートウォッチも普及していますが、そんなイメージですか?

川治:既存のスマートウォッチでも「不規則な心拍」や「心房細動の兆候」などの通知はしてくれますが、あくまで医療機器ではないので、厳密に特定するには医師による診断が必要です。また、現状のスマートウォッチの機能では、期外収縮の頻発を自動検出することはできません。

「心房細動モニタリングAIシステム」は、医療機器を目指している点と、症状をより細かく測定できるという点で意義が大きいんですね。

川治:これまで心房細動は主に医師による脈拍の触診や心電図検査によって診断してきました。患者さんは発作がない限り脈拍の乱れや動悸を感じても、それが心房細動なのかは自分では分かりません。また医師も、比較的症状の軽い心房細動ですと、短時間の診察や検査では心房細動なのか単なる動悸症状だけなのかはなかなか判断しにくいケースもあります。

医師の方も24時間、患者さんに付き添って診断できるわけではないですからね。

川治:はい。そのため、これまでは心電図ホルターを24時間以上装着してもらって連続記録した心電図により診断をしていました。その意味では、スマートウォッチによって以前より日常的に心拍数を測定、記録できるようになったことは非常に良いことなんです。ただ、心房細動の患者さんは中高年以上の方が多いので、多機能なスマートウォッチを使いこなせない人も少なくない。特に高齢者の方はそうです。

最新のデジタル機器の場合、使う前から拒絶してしまう人もいそうですしね。

川治:「心房細動モニタリングAIシステム」の研究・開発を始めたのは、その課題のクリアも理由の一つです。ウェアラブルセンサの使い方自体はシンプルなので、例えば高齢者の方も愛用者が多い家庭用血圧測定器にオプションのような形で搭載できれば、より多くの人が、日常的により正確な心房細動の症状に気づくことができます。病院にいかなくても、不整脈を感じたらすぐに測定・診断もできるし、リスクが高めの人なら1日3回測定すれば、危険な心房細動の兆候の見逃しも減るでしょう。

医師としても患者さんに安心を与えられそうです。

川治:これまでは本当に心房細動かどうか診断できるまで時間がかかるケースもありました。しかし、「心房細動モニタリングAIシステム」が普及すれば、不要な受診が減り、適切な受診のみになる。患者さんと医師、両方の負担を軽減できると思います。

不整脈重症度診断アプリのイメージ不整脈重症度診断アプリのイメージ

研究室から社会へ。医師が「事業化」を志した理由

研究の現状、そして今後の事業展開の見通しについて教えてください。

川治:AIシステムのソフトは完成していまして、ウェアラブルセンサのプロトタイプも開発済み。豊田通商さんのパッチ型ホルター心電計「ロータスハート(クラスⅡ)」をベースに実用化を進めています。

イメージよりもかなり小さいサイズですね。

川治:ウェアラブルセンサを患者さんの体に装着してスマホで測定結果を解析します。その検証実験を始めようとしている段階ですね。今後のステップアップとしては、さらに小型化して、血圧測定器などにも簡単に付け加えることができるようにして、事業化していきたいと思います。

川治さんはこれまで現場の医師と研究者という立場で開発に携わってきたわけですが、ご自身での事業化を志した理由を教えてください。

川治:プロトタイプが完成した段階で、研究・開発としては次にやることがなくなったんです。自然と商品化、起業というステップに来た感じですね。研究でAIシステムを作っても、機器を作らないと医療の現場に反映できない。私としては全国の医師のためにも、実際に現場で役立つところまで持って行きたいという気持ちが強いんです。

ずっと医療の現場にも立たれている経験も影響していそうです。

川治:外来の診療で患者さんに「自宅で動悸がした」と訴えられても、診断時に異常がなければ、こちらとしては心房細動なのかを特定はできません。だから、日常生活で気軽にモニタリングできないか、ということはずっと感じていました。また、心房細動の治療は手術やアブレーション(カテーテルで心臓内部を焼き、不整脈を根本的に治すことを目指す治療)といった措置をした後の管理も非常に大事。アブレーションは再発も2、3割ある治療法ですから、術後のモニタリングが欠かせないんです。薬を継続するか否かの判断にも関わってきますし、研究をしていく中で何とかしたいという思いは持っていましたね。

もともと起業やビジネスへの興味はあったのですか?

川治:大学の先輩にも起業している人がいますし、医療分野を離れて官僚になった先輩もいます。周囲に「医者、医者」していない先輩が多かったので、そういう道、面白さもある程度には感じていました。

今後、医師・研究者から経営者にシフトチェンジする可能性はありますか?

川治:会社設立は考えていますが、CEOは誰か別の人に任せて、自分は研究や開発に専念するような形でもいいかな、と思っています。私は手術も好きなので、外来がメインになることが多い開業医よりも病院勤務の方が自分に合っていると感じているんです。臨床、研究、手術と自分が好きで得意なことを活かせる今の立場は理想的。とはいえ、会社を設立したら最初のうちは営業などもある程度、自分でやらなければいけないとも思ってはいますが。

R-R intervalデータで解析する不整脈重症度診断アプリの開発R-R intervalデータで解析する不整脈重症度診断アプリの開発

臨床と研究の両輪で、「形に残る」成果を

川治さんが医師を目指した理由を教えてください。

川治:小学生の頃から将来は医師になりたいと思っていましたが、最初は「安定している職業」くらいの意識で目指し始めました。

心臓を扱う循環器内科を志した理由は?

川治:研修医としていろいろな診療科を経験したのですが、救急の現場では心筋梗塞など心臓・循環器系の症状が関わってくることが多かったんです。その現場でドラスティックに症状を回復させる場面を経験して、医師としてやりがいがあると感じたことが大きいです。

現場での診療や手術だけではなく、研究にも熱心に取り組まれた理由は?

川治:「形に残ること」が好きで、論文を書けば論文検索サイトにも載るなど、成果が目に見える。それで研究を重ねてはコツコツ書いている感じですが、書いているうちに研究の面白さにハマったともいえますね。

今後も臨床と研究、いずれも続けるつもりですか?

川治:自分にとって臨床と研究は両軸だと思っているので続けると思います。スタンスとしては臨床メインで研究も続けている、という感じですが、自分としては重みが半々くらいの感覚。臨床をしているからこそ、研究もやりやすいというメリットもありますから。

「心房細動モニタリングAIシステム」も、臨床の経験や思いから始まった研究ですしね。

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不安な患者さんのために「白黒はっきり」させてあげたい

ICTスタートアップリーグに応募するきっかけは?

川治:起業を考え始めたのと同様に、プロトタイプが完成して、次は事業化というステップになったことです。「心房細動モニタリングAIシステム」の共同研究者でAIシステムの開発を担当していただいた藤原幸一先生(北海道大学理学部生物科学科 高分子機能学 教授)のアドバイスでもありました。藤原先生はベンチャー起業経験者でしたので、「次は起業だよ」ということで。以前、研究費支援プログラムには応募していましたので、それと同じような感覚でした。

ICTスタートアップリーグの印象は?

川治:最初は起業や事業化にあたって、どこに相談すればいいかも分からなかったので、まずはいろいろと相談できる窓口ができたのはありがたいです。大学発のベンチャーとして始めてみるなど具体的なアドバイスもいただいています。

その他、何か要望はありますか?

川治:まだまだ事業化、商品化の道筋がよく分かっていないので、さらなるアドバイスをいただけると助かります。家庭用血圧測定器へのオプション搭載にしても、メーカーさんにどう売り込むのがよいか、自分ではよく分からないので。もちろん、ダイレクトに話をつないでいただけるような機会があればうれしいです。

実用化と普及を強く意識されているのですね。

川治:プロダクトとしてPMDA(医薬品医療機器総合機構。市場に出る前の新薬や医療機器を科学的根拠に基づいて品質・有効性・安全性を審査する機関)の承認も受けて、日常的に使っていただけるようにしたいです。適切な心房細動の診断、術後の再発の見極めなどに貢献して、患者さんの寿命が延びることが一つのゴールですね。

あくまでも立場は医師。医療のために必要なので起業をする、というのが川治さんのスタンスだと感じます。

川治:不整脈が持病という方は不安を感じやすいタイプが多いんです。手術後、精神的に不安定になるケースもあります。心臓の病気ですし、動悸は単に驚くだけでも出るものなので、病気か否かは医師であっても、そのときの心電図を見ないと分からない、という特性も影響しているのかな、と感じます。

その点で「心房細動モニタリングAIシステム」は数字で安心感を提供できるし、医師も自信をもって診断できる。心配で不安な患者さんのためにも白黒をはっきりとさせてあげたいし、医師も問題ないときは「大丈夫!」とはっきり言えるようにしてあげたい。そんなゴールに向かって今後もAIシステムの精度向上、プロダクトとしての商品化に取り組んでいきたいと思います。

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編集後記
臨床・研究・事業と多忙な毎日を送っている川治さんのストレス解消はアニメや漫画、ドラマを楽しむこと。
「アニメは『サマータイムレンダ』、漫画は『ONE PIECE』が好きですね」
ドラマに関しては、自身の仕事と同じ分野である医療ドラマをほとんど鑑賞しているという。ただ、その楽しみ方は医師ならでは。
「『現実にはそんなことないで』とツッコミどころを見つけたり、『次はこうくるんじゃないか』とクイズ的に楽しんでいます(笑)。こうしたアニメや漫画、ドラマの『ネタ』が患者さんとのコミュニケーションや講演で役立つこともあるんですよ」
専門的な内容を、より多くの人に分かりやすく伝える。息抜きの趣味も結局は仕事につながる。これもまた川治さんが熱心に医療に取り組んでいる証左なのだろう。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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