AironWorks株式会社・代表取締役の寺田彼日氏は、兵庫県神戸市で生まれた。小学生の頃に阪神・淡路大震災を経験し、その後地元の起業家・経営者たちの復興支援への関わり方を見たことで、将来は世界に革新をもたらすような起業家になることを決意したという。
一般企業に1年間勤めた後、スタートアップの先進国であるイスラエルで起業すると、その7年後にはサイバーセキュリティに特化した会社を日本で設立。来年にはアメリカ・サンフランシスコで3社目を立ち上げる予定で、世界ナンバーワンのサイバーセキュリティソフトウェア会社という目標に向かって着実に歩みを進めている。
AironWorks サービスイメージ阪神・淡路大震災発生時に、どのような体験をされましたか?
寺田:私自身を含め家族や親戚は幸い無事でしたが、見慣れた街並みが焼け野原になってしまったり、倒壊した阪神高速道路などを目にして強い衝撃を受けたことを覚えています。そのような状況下で、アシックスや日清食品といった地元・関西の企業が復興支援に尽力してくださいました。それから鬼塚喜八郎さんや安藤百福さんなど創業者の方々の自伝を読むようになり、戦後、日本が世界に名だたる経済大国へと成長していった過程に非常に興味を持ちました。また、当時マイクロソフトのビル・ゲイツさんがすごい活躍をされている姿は、小学生ながらも鮮明に記憶しており、「自分もビジネスを通して社会を変革していくような仕事をやってみたい」と思ったんです。
起業という目標に向けてどんなことを習得するために大阪大学、京都大学大学院へ進んだのですか?
寺田:起業するなら経済や経営に詳しくなった方がよいと考えて、経済学部に進みました。今考えると、IT・ソフトウェア産業が成長しているので、コンピューターサイエンスなどを学ぶ選択肢もあったかと思いますが。実際に大学の経済学部で学んでみて、4年間では少し不十分に感じ、もっと幅広く、組織論やマーケティング、ファイナンスなどの座学と、インターンシップを含む実践を通じて経営を体系的に学びたいと思い大学院に進みました。大学院時代はベンチャー企業の支社立ち上げなども経験することができました。もともと一度、企業に就職して経験を積んでから起業しようと考えていたので、大学院修了後はベネッセコーポレーションに入社しました。
企業に就職して、どのような経験を積むことができましたか?
寺田:デジタルマーケティング部に所属して、幼児向け教材のマーケティングを担当するとともに、新規事業の仕事も兼務していました。自ら起案して予算を獲得した事業の立ち上げやシリコンバレーの企業との合弁交渉の米国出張など、かなり密度高くやらせていただきました。当初は3年くらい勤務するつもりでしたが、非常に自由な社風で、のびのびと働かせていただき、短期間で当初目標としていたことをやり切ることができたので、約1年で退職しました。
その後、2014年に単身イスラエルに渡りました。なぜ、日本より先に海外で起業しようと思ったのですか?
寺田:大学院の最終学年時に半年間、トルコのビジネススクールに留学した際に、日本の国際的なプレゼンスの低下を痛感してから危機感というか、焦りみたいなものを持っていたんです。せっかく起業するからには世界で勝てる会社を作りたいと思いましたが、日本からソフトウェア・IT領域でそのような会社は全く出ていない。だったら、スタートアップのエコシステムが成熟した外国で挑戦するべきじゃないかと。ただ前職のベネッセ時代の経験から、シリコンバレーに日本人はたくさんいるけれど、インナーサークルに入ってない外国人がいきなり勝負するのは難しいだろうと感じていました。
それで“スタートアップの聖地”イスラエルを選んだ?
寺田:11年前の日本は「スタートアップ」という言葉自体が一般的でなく、まだ「ベンチャー企業」と呼ばれていた時代で、政府の支援も今ほど充実していなかった。一方、イスラエルでは「Start-Up Nation」という書籍がベストセラーになり、毎日のようにミートアップやイベントが開かれ、大学を卒業した優秀な人材が次々に起業して、非常に層の厚いエコシステムが形成されていました。加えてアップルやマイクロソフト、グーグルといったアメリカの大手テック企業がイスラエルの会社にどんどん投資したり、買収したり。シリコンバレーなど世界最先端のエコシステムとの距離感の近さを、すごく感じられたんです。
イスラエルのスタートアップエコシステムに関するパネルディスカッションに登壇する寺田氏日本人にとっても、イスラエルは起業しやすい環境でしたか?
寺田:いいえ。ビザの取得やさまざまな手続きなど、制度的には大変厳しくて、むしろ外国人はやりにくい環境だと言えますね。また物価が日本の2、3倍と非常に高いので、会社を立ち上げてから軌道に乗るまで時間がかかり、当初は苦労しました。
その一方で、杉原千畝氏の「命のビザ」やアラブボイコット時の日本企業の貢献といった歴史的な背景、日本のアニメの普及などもあって、スタートアップ業界の人たちは日本に対してとても好意的でした。2015年頃に日本とイスラエルの経済交流が活性化した契機を生かして日本企業との接点を作り、技術探索やオープンイノベーションの仕事で収益を得て、それを新事業に投資するスタートアップスタジオ的な活動を続け、日本での起業へとつなげました。
ビジネスパートナーなど、現地の人脈はどのようにして築いたのですか?
寺田:これはビジネスを成功させる過程で、最も重要で最も難しい要素ですよね。私の場合は、まずは毎日のようにイベントに行ったり、SNSを通して知り合いを増やし、その人たちからさらに優秀な人につないでもらうということをひたすらやりました。
イスラエルでは、「8200部隊」という特殊部隊の出身者がユニコーン企業の創業者である確率が一番高いのですが、たまたま友人に紹介してもらえたのが現在のCTOです。ただ、彼と知り合ってから実際に共同創業するまで7年かかりました。出会いの機会や友人を増やし続けることと同時に、お互いにコミットするタイミングをしっかり図ることができるかどうかが大事だと思います。
イスラエルに続いて2021年に日本で「AironWorks株式会社」を設立。自給率や認知度が低いサイバーセキュリティに特化した会社を作った経緯は?
寺田:イスラエルの会社も日本の顧客が多かったのですが、イスラエル法人だとソフトウェアライセンス契約などが結びにくかったため、日本への展開ははじめから見据えていました。それまでに進めてきた事業や製品をAironWorks株式会社に移管し、スピンオフする形で創業したのはコロナ禍の直後。リモートワークが増えてより人が狙われる状況と、攻撃者がAIを使ってくるようになる未来を予測し、AIを実装した製品を開発しました。お客様1社1社、従業員1人1人に最適化された高度な攻撃訓練と教育を受けることができる、競合と一線を画す独自性の高い仕組みを提供しているという自負が、我々にはあります。さらに大手企業の数十万人規模の従業員の方々からのフィードバックをいただきながら、強力な研究開発チームが改善に努めていますので、このサイクルがうまく回っている限りは競合に勝っていけるでしょう。
イスラエルのVCファンド投資先向けのレクチャースタートアップリーグへの参加は3年目で、今年度のアカデミーではバリューアップセッションにも登壇されました。
寺田:第1回のアカデミーに現地参加していて、バリューアップセッションでは当日1社来られなくなったため、挙手制でもう1社の登壇者を決めることになりました。そのときはじゃんけんで負けて登壇できなかったのですが(笑)、後日改めて登壇の機会をいただくことができました。当社における3つの課題に対して、経験豊富なアドバイザーの皆さまから貴重なご意見をいただきました。我々は現在、従業員の脆弱性を減らすための訓練やメールセキュリティに注力していますが、もっと誰にでも分かりやすい製品を投入することの必要性も感じています。それと同時に国内でセキュリティ分野の専門人材が大幅に不足している現況を踏まえて、セキュリティ専門AIエージェントの開発を検討しており、顧客へのヒアリングやアイディエーションを進めながら、2026年中の製品化を目指しているところです。
現在提供されている企業向けプラットフォームの最大の特徴は?
寺田:開発の中枢にホワイトハッカーがいることと、創業時からAI時代のセキュリティを意識してきた点ですね。サイバー防衛においては攻撃者が有利なため、攻撃手法を予測して防ぐ思想を持つ開発者がいることが大きなアドバンテージになります。豊富な実戦経験を持つ人材が、攻撃者の視点でシステムの設計・運用を行うことで、防御側の視点だけの製品に比べて後手に回らず、常に先読みした対策を可能にしているのです。
技術の進化のスピードに個人で追随することは極めて難しくて、だからこそシリコンバレーのように、イスラエル人やインド人など多様なトップエンジニアと協働することが重要です。しかし、日本のスタートアップは単一民族のチームが多く、国内では一定の成果を出せてもグローバルで勝てる可能性はほとんどない。自分たちが成功することで、ダイバーシティを持つチームであれば勝てるんだという“勝ち筋”を示したいという思いは強いですね。
世界一のセキュリティソフトウェア会社を目指し、3カ所目の拠点としてアメリカにも進出されているそうですね?
寺田:世界の多くの地域でアメリカ発のサービスが標準になりやすいため、アメリカ市場で勝てるかどうかがグローバル展開における試金石になると考えています。大枠では現在の製品で対応できると見ていますが、文化の違いに応じた細かなアップデートやカスタマーサクセス、コンサルタントを含む販売方法、導入後のサポート体制といった点はローカライズが必要になるので、2026年から重点的に取り組んでいきます。
アメリカではサンフランシスコを主要拠点にしつつ、これから法人登記を行い、2026年秋に会社を設立する予定です。世界ナンバーワンを目指すに当たっては、短期間でグーグルやマイクロソフトといった大手に勝つことは難しいですが、特定の非常にニッチなセグメントであれば4、5年でトップ企業に上り詰めることができると思っています。
会社を成長させていく上で、数字的な目標はありますか?
寺田:十分な経済規模による企業の社会的インパクトを測る指標として、私はパブリックな評価や投資家が付ける企業価値を重視しています。まずは今後5年程度で、当社の企業価値を1ビリオン(10億)ドルから10ビリオン、ゆくゆくは100ビリオンへ成長させること。それでも、エヌビディアやアップル、マイクロソフトなどと比較すると30〜40分の1といった次元ですから。あくまで出発点に過ぎないという、現実的な視点も忘れずに持ち続けていきたいと思います。
AironWorks Cybersecurity Agentic AI Platform編集後記
現在3カ国を行き来して会社の運営にあたっている寺田氏。そんな多忙な日々を送りながら、「自分がこれまでに得てきた経験や知見をスタートアップリーグの仲間たちに還元したり、起業家を目指す若者を増やすための教育活動にも取り組んでいきたい」と話します。実際に日本にいる時は母校の高校や大学、高等専門学校などに招かれ、起業家講師として定期的に授業を行っているそうです。
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
■関連するWEBサイト
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