勤めている企業から誕生日や表彰、永年勤続のお祝いなどでギフトを贈られた経験はあるだろうか。感謝やねぎらいの気持ちを伝えるギフト。企業経営において従業員のエンゲージメント(愛着心・貢献意欲)やパフォーマンスを高める施策として、特に欧米の多国籍企業などでは一般的に行われており、国内でも近年注目を集めている。
しかし、いざ贈る相手の好みや予算、公平性といったさまざまな要因を考慮すると、その選定と手配は担当者にとって大きな負担となりがちだ。このギフトにまつわる課題を、AI技術とプロの専門家の知見を融合させたサービス「AMP GIFT」で解決に挑むのが株式会社マタビテクノロジーズである。
代表の植野力氏に、なぜギフトという領域にたどり着いたのか。創業の背景から既存のカタログギフトの課題、ギフトに革命を起こす「AMP GIFT」の挑戦、そして「ギフトは単なるモノではなく、感謝やつながりといった思いを伝えるための重要なコミュニケーションツール」という植野氏が描くビジョンについて聞いた。
マタビテクノロジーズ代表植野力氏まず植野さんの経歴について教えてください。
植野:大阪で生まれ、京都大学を卒業後、会員制宅配サービスOisixに入社しました。そこでデジタルマーケティングやコーポレート業務に従事した後、イスラエルに渡り、現地のスタートアップと日系大手企業のオープンイノベーション支援を行うAniwo Ltd.を2014年に共同創業者として参画しました。偶然ですが、当時一緒に立ち上げた相手が、今年度もICTスタートアップリーグに採択されているAironWorksの代表・寺田彼日さんです。私自身は2018年に離れ、同年、株式会社マタビテクノロジーズを創業しました。
起業を志したきっかけは?
植野:イスラエルでの仕事を通じて、現地の起業家たちから強く影響を受けました。イスラエルは米国シリコンバレーに通じるような「スタートアップネーション」と呼ばれる起業家大国。厳しい環境や乏しい資源でも知恵と技術、チームワークを活用しながらさまざまな課題解決に取り組んだり、スタートアップとしてチャレンジしていく姿勢に感化されました。街中で「Enjoy Your Problem(課題を楽しめ)」という言葉があちこちで飛び交うほど、課題解決のプロセスを楽しむマインドを彼らから学びました。この姿勢がとても印象に残っていて、自分も世の中の課題解決にポジティブに取り組みたいと思ったことが起業の大きな理由となりました。
イスラエル、テルアビブの地中海沿いのビーチギフトサービスをはじめた理由は?
植野:私は仕事の節目で「自分のことを考えてくれた」と感じるギフトを贈られた経験が強く記憶に残っています。ギフトは単なるモノではなく、感謝やつながりといった「思い」を伝えるための重要なコミュニケーションツール。AI時代において、コミュニケーションの質が変化するからこそ、ギフトが持つ意義は今後さらに増すと考えています。一方で、贈る企業側の体験から見えた課題は、従業員へのギフト手配を担当した際、相手の好みや予算、公平性、トレンド、タイミングなど多くの配慮が必要で、選定が簡単ではないことを実感しました。性別や年代が異なる相手へのギフト選びが私自身、元々得意ではなく「どういったギフトが良いか」というハードルの高さを感じていました。世界の行動経済学や経営研究の中で従業員向けのギフトの効果が実証されている一方で、今までのの体験から見えたギフトに関する社会的な課題の解消を目指し、法人向けのギフトサービスを開発しました。
ギフトを贈る慣習は、日本企業ではあまり見かけませんが、海外の企業では多いのですか?
植野:おっしゃる通り、国内の会社では、永年勤続表彰や親しい仲間内でのお祝いを除き、人事施策として従業員へのギフトを行っているケースは多くないという状況です。一方で、海外(特に米国や欧州)では、入社時のオンボーディングや短期間の勤続周年、表彰やホリデーギフトなど会社から従業員へのギフトがHR(人事)施策の一つとして一般的に行われ、大手企業の半分以上が従業員に対してギフトを贈る施策を実施しています。日本と比べて転職が非常に多い環境下で、在籍してくれている従業員のエンゲージメントやパフォーマンスを高めることが非常に重要になるため、戦略的な施策の一環として位置づけられているのだと思います。人種や宗教観など従業員のバックグラウンドが多様な欧米では、「言わなくてもわかる」という阿吽の呼吸が通用しにくい側面があります。このため、感謝の気持ちは形にしないと伝わらないという認識があり、ギフトが先行的に行われていると考えています。
海外の企業では戦略的に採用しているのですね。
植野:近年、日本でも海外の状況と似たような労働環境の変化が見られつつあります。転職の割合や在籍期間が短くなる傾向にあり、人的資本経営の観点でも従業員のエンゲージメント維持が重要になってきています。また、多様な価値観への対応も重要です。ハラスメントへの配慮から、例えば出産祝いのような従来行っていた祝い事についても「立ち入りすぎではないか」といった議論が起き、中止になるケースもあります。ジェネレーションギャップのある若い世代への対応など、多様な価値観に対して配慮・対応すべきことが増えています。私たちはこの状況の変化に対応し、企業と従業員にとって良い体験を増やすべく、市場を創造していきたいと考えています。
既存のサービスにカタログギフトがあります。このサービスについてどのようにお考えですか?
植野:カタログギフト(企業が予算に応じてさまざまな種類のギフトが載ったカタログを従業員に贈り、従業員側がそのカタログの中から好きな商品を選んで申し込める形式)は、福利厚生などで公平性を担保しやすく便利です。しかし、画一的で特別感がないため、選びづらいと思われています。また、受け取った側が選び忘れて期限切れになってしまうケースも少なくなく、企業が予算を割いて送っていても「届き切っていない」というコスト的な無駄やもったいなさを感じていました。
「AMP GIFT」は具体的にどのようなサービスですか?
植野:①受け手(従業員)の性別や年代、職種、トレンドなどの基礎情報。②表彰や誕生日などのギフトを贈るシチュエーション。さらに③受け手の趣味などのオプションデータ。④予算。⑤通知日などを贈る側(企業)が入力したら、AIと百貨店出身者や人事経験者を中心とするプロの専門家が知見を活用し、個別最適化した6つの候補を絞り提示します。受け手は、その候補の中から最終的に1つを選び、自宅で受け取るサービスになります。ギフトを1つに絞らないのはリスクヘッジからです。ギフト選定から通知、発送までの流れを一気通貫で行います。受け取り状況の確認やリマインドは自動で行われるので、煩雑な作業や祝い忘れなどのリスクはなく従業員ギフトの運用が可能です。
ちなみにAMPGIFTとは何の略ですか?
植野:AMP GIFTの「AMP」は「(影響などを)増幅する」という意味の「AMPLIFY」から取っていまして、企業から従業員への感謝の思いを増幅し、伝えるためのギフトサービスという由来から名付けています。
どのような企業に導入されていますか?
植野:まだ試験的ですが、従業員数200人規模のコンサルティング会社や1500人規模の金融会社の、誕生日ギフトや産休祝い用ギフト、表彰ギフトなどに導入されています。利用想定企業は主に人的資本経営に積極的に取り組む企業や、人材の定着や活躍が業績につながりやすい企業(IT、プロフェッショナルファーム、不動産、人材派遣)などです。サービス利用料に初期費用や固定費用はかかりません。従来のカタログギフトと異なり、受け手(従業員)がギフトを選択されなかった場合は、費用は負担されませんので、思いが無駄になることはありません。
ギフトサービスを利用した従業員からの反応はいかがですか?
植野:「従業員のことを思ってくれる会社なんだ」「久しぶりに誕生日プレゼントをもらった」「来年以降も継続してほしい」などの好意的な声が寄せられています。同僚や上司とどんなものが届いたか話題になったり、普段仕事の話をしない家族とのコミュニケーションにつながったりするとお伺いしています。現時点(2025年11月)で、ギフトが交換されずに終わる(カタログギフトのように選ぶのが面倒で忘れられる)ことはほとんどなく、99%の交換率を実現しています。人気のギフトは、一般的なカタログギフトで選ばれがちな食品やスイーツではなく、家電(男性人気)やヘアケアグッズ(女性人気)など形に残るギフトが選ばれています。男性は実用性が高いもの、女性はセルフケア商品を選ぶ傾向があります。
AMPGIFTイメージ画像5年後、10年後の中長期的なビジョンを教えてください。
植野:AMP GIFTが成し遂げたい目標は、単なるギフトの自動化や効率化ではありません。一人ひとりの想いが伝わるストーリー性のあるギフト体験を社会に広げることです。AI技術とプロフェッショナルのギフトの知見を融合させ、個々に最適なギフト選定を可能にし、手配の煩雑さを解消します。このギフト体験をきっかけに職場や社会のコミュニケーションが活性化し、働く人々のエンゲージメントやモチベーションが高まることで、組織や社会全体がより良い方向へ進化していく一助になればと考えています。そして、さまざまな人々との間に感謝やつながりが自然にめぐる世界を夢見ています。
そのビジョンを実現するためには、パートナー企業や人材が不可欠です。どのような方々や企業との連携を求めていますか?
植野:パートナー企業という点では、特にタレントマネジメント系のプロダクトやサービスを提供されている企業様と、ぜひ連携を深めたいと考えています。二つ目は、従業員ギフト市場自体を一緒に盛り上げていけるパートナー企業様です。たとえば、百貨店様などが法人向けのギフト事業を強化される際に、ご一緒できると非常に良いと考えており、議論させていただいています。百貨店様には既に非常に質の高い商品が揃っていますから、連携・協力できると理想的です。
ICTスタートアップリーグに応募されたきっかけと、取り組む研究内容について教えてください。
植野:応募のきっかけは、知り合いの起業家の方に情報を共有していただいたことです。資金面でいうと、これほど手厚い支援は他にないので、ぜひチャレンジしたいと思いました。リーグでは、AIによるギフト選定の品質向上を目指します。これまでの利用から得た知見やデータと、AIエージェント技術の活用により、より高度で低リスクなギフト選定をスケーラブルに実現するための研究開発に取り組みます。
ICTスタートアップリーグに期待することは?
植野:バリューアップセッションやアカデミーの内容です。実際に成功された起業家の方の体験談などは非常に魅力的ですし、参加を決めました。採択者間のコミュニティーの存在も大きいです。目の前の事業運営に集中していると、どうしても視野が狭くなってしまうことがあります。同じようなステージで、特に技術開発を通じて世の中を変えようと頑張っている起業家の方々と横のつながりを持てるという点がうれしいです。
最後に今後の抱負についてお聞かせください。
植野:今回のリーグでAIエージェントの開発を進めているのですが、実は「ギフト」と「AI」という組み合わせについて、私たちは慎重に考えています。最近の技術の進歩を見ると近い将来にAIがギフトを選ぶようになることは必然かと思っていますが、現時点では「このギフトはAIが選びました」と言われてしまうと、気持ちがこもっていないという印象を与えかねないからです。そのため、私たちのサービスが「AIギフト」と強調されすぎるのは、本質的ではないと考えています。私たちは、ギフトを選ぶ際に生まれる「こういう相手だから、この商品が良いのではないか」と考える時間こそが最も大切だと考えています。したがって、目指しているのは、贈答行為そのものを自動化することではありません。ギフト選びのハードルを下げ、「思い」を持った人をアシストするという形で、AIを活用した開発を進めています。私たちが作りたいのは、贈り手の思いを具現化し、それを手助けするシステムです。「AIギフト」という言葉ではなく、「思いをアシストする」という形で、このサービスを世の中に実装していきたいと考えています。
編集後記
植野氏へのインタビューを通して、ギフトサービス「AMP GIFT」の裏側にある深い哲学に触れることができた。特に印象的だったのは「感謝の気持ちが自然にめぐる社会を創造したい」という思いだ。
単なる手配の効率化ではなく、AI時代だからこそ大切にしたい「贈り手の気持ち」に寄り添う姿勢。そして複雑で感情的な要素が絡む「ギフト選び」という課題に対し、真正面から取り組むチャレンジスピリッツが、この革新的なサービスを生み出しているのだと感じた。
また「AIが選んだギフトだと気持ちが冷める」というユーザー心理を深く理解し、あえて「思いをアシストする」という立ち位置を明確にしているのは、サービスの真摯さの表れだろう。効率化と心の機微を両立させようとする同社の取り組みが実現する日を楽しみにしている。
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
■関連するWEBサイト
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