高校時代、聴覚障害者が音楽を楽しめない現実に強く心を動かされた竹内雅樹氏。大学でALS患者支援の「マイボイス」に携わり、「発声サポート」こそが自分の道だと確信する。これまでの声を失った人向けのコミュニケーション手段には課題も多かったが、そこに革新をもたらすのが、コロキアムの「Laryphonix(レアリフォニックス)」だ。アップデートを重ねたスタイリッシュなデザインに加え、当事者自身の声の再現を追求することで、「自分の声で話したい」思いにも応える。「声」をファッションアイテムのように楽しむ未来を、と話す竹内氏の情熱に迫る。
チームでの開発風景人の「声」に着目したデバイスの研究開発には、どのような経緯があったのでしょうか。
竹内:人の「声」の研究を本格的に始めたきっかけは、慶應義塾大学在学中に参加した「マイボイスワークショップ」です。「マイボイス」は、ALSなど進行することで徐々に筋肉が動かなくなり、自身の声で話すことができなくなる進行性神経難病患者の方向けのコミュニケーションアプリのことで、初めて参加して興味を抱いて以降、プロジェクトの運営にも携わりながら、無償提供している「マイボイス」を必要とする人々へ届ける活動をしていました。声が出せずに困っている患者さんとお会いしてお話を伺う機会も多かったですね。
大学に入学してすぐ「マイボイスワークショップ」に参加されたとのことですが、入学前からハンディキャップのある方を対象にした製品開発やサービスに関心があったのでしょうか。
竹内:そうですね。バスケ部だった高校時代に、さまざまな障害を抱える方にバスケを教える機会がありました。その際に聴覚障害がある方と出会い、正しく「音」が聞こえないために、身体でリズムを刻んだり、歌ったり、音楽を聞いたりすることが困難な人達がいるのだと衝撃を受けたのです。私は音楽が好きで日常的に楽しんでいたのですが、それが当たり前ではないということを知って、聴覚障害のある方でも同じように「音楽を楽しめる補聴器」を作れたら、という思いで大学では理工学部を選択しました。
なので、以前から「音」「声」というテーマには注目していたものの、ワークショップや患者さんとの対話を経て、自分がやりたいことが「人の発声やコミュニケーションのサポート」だと、具体的に固まった感じです。
回路テストの風景コロキアムが提供している、声を取り戻すデバイス「Laryphonix(レアリフォニックス)」について詳しく教えてください。
竹内:「Laryphonix」は、喉頭癌、咽頭癌といった喉の癌による声帯摘出や、人工呼吸器の使用による気管切開などで声帯を使って自力で声を出すことが難しくなった方向けの発声補助器具です。
発声補助器具というと、喉に器具を当てて話す電気式人工喉頭(EL)が思い浮かびます。従来のELと異なるポイントはどこでしょう。
竹内:「Laryphonix」はハンズフリーで使用可能です。利用者の首に直接身に着けるウェアラブル式になっているので、話す際に片手が塞がらずに会話を楽しめます。また、患者さん自身の音声データをもとに振動音を作成しているので、より自然で自分らしいコミュニケーションが可能です。
ハンズフリーと音声再現の両方を実現できれば、声を失った方々のコミュニケーションに革新を起こすデバイスだと考えています。
そもそも、ELとはどのような構造で声(音声データ)を発しているのでしょうか。
竹内:人は気管と食道の境目(男性の喉仏の位置)に喉頭があり、その中に声帯という小さな筋肉があります。正常であれば、声を出すための肺からの呼気で声帯が振動し、声の元になる音(声帯音源)が作られるのですが、声帯を摘出している方や、声帯がうまく働かない方は声帯音源を作れず、声を出すことができません。ELは、振動する機器を首に押し当てることで皮膚を介して振動音を伝え、声帯の役割を担っているのです。
ELのほかにも、「食道発声」や「シャント発声」など、声帯が働かず声が出せない方の発声方法はあるのですよね。
竹内:それにもメリットとデメリットがあります。まず食道発声は、口や鼻から食道に空気を吸い込んで、ゲップのように発することで食道の粘膜を振動させて発声する方法ですが、習得するためには早くても半年程度かかります。かつ発声するのに体力が必要なので、高齢の方などはかなり難しいと思います。
シャント発声は、喉頭を摘出した人が、気管と食道の間に専用器具を挿入し、肺からの空気を食道に流して声を出す発声方法です。発声はELと同じで、そこまで難しくないのですが、日常的な器具の清掃のほか、月に数回メンテナンスや交換のために病院に通う必要があるなど、手間と費用面での負担が大きいです。ただ比較的綺麗に声が出せるので、ヨーロッパなどでは普及していますね。
なるほど、時間や体力、手間や費用といった意味でも、ELには改良の余地があるのですね。「Laryphonix」を開発する上での課題はありましたか?
竹内:従来のELのように自分で喉頭に押しあてて話すのではなく、装着して話す仕様なので、その状態でしっかりと声が出るようにするための調整に時間を要しました。声帯音源を作るための機器の振動が外に漏れた際に生じるノイズの解消も同様ですね。また、オーダーメイドで作成しているゆえに、生産をどう汎用化し、事業を拡大していくかは今後のテーマのひとつです。
製品開発にあたっては、発声支援団体の「銀鈴会」をはじめとする当事者の方々に体験してもらい、フィードバックを定期的にいただいていました。使い心地や声の再現度のほか、デザインについて、厳しくもありがたいご意見をたくさん頂戴しましたね。
例えばどのようなものでしょうか。
竹内:「機械みたいで全然人の声に聞こえない」「首に目玉を付けているみたい」「犬の首輪みたいで街を歩けない」といったところでしょうか。確かに最初は、スピーカーを付けたバンドみたいな見た目だったんですよ。いただいた意見を踏まえて、デザインは、服装にも馴染みやすいスタイリッシュなものへと一新し、またファッションの一部としても楽しめるよう、カラーリングを気分や服装によってカスタムできる構造にしました。
当事者の方々は、やはり『自分の声で自然に話したい』という思いがとても強いんです。だからこそ、デバイス開発に寄せられる期待も非常に大きいものがあります。率直な意見を数多くいただけたことは、開発を進めていく上で非常に有難かったですね。フランスのがんセンターの方に試していただいた際は、日本の方より皮膚が厚く音が伝わりにくいなど、グローバル展開に向けた技術的な気づきも得ることができました。
当事者の方々の一人ひとりに、それぞれの思いや願いがありますよね。
竹内:まだ「Laryphonix」として製品が確立していない時なのですが、生まれつき小児慢性肺疾患を患っている12歳の男の子の依頼は今でも印象に残っています。肺機能が弱く声が出せないけれど、「デバイスを使って卒業式で返事がしたい」というお問い合わせでした。彼の好きな広島東洋カープのチームカラーである赤と白を使ってデバイスを作成したら、とても喜んでくれて嬉しかったですね。無事卒業式での夢を果たせたと実際の音声データをいただいたときは、ジーンと胸が熱くなりました。利用者の方々の日常、人生の一部になるものだと、身が引き締まる思いです。
振動テストの風景4月25日に法人登記し、5月8日(声の日)に58台限定で先行予約を開始された「Laryphonix」ですが、依頼者の方々からの声はいかがですか。
竹内:完全オーダーメイド制作で納品まで半年ほどかかるので、現在はご注文いただいたものを順に制作している段階ですが、納品まで、ご購入いただいた方と月1回ミーティングを重ね、進捗の共有などコミュニケーションを取りながら開発を進めています。皆さん楽しみにしてくださっていますね。
オーダーメイドで制作するにあたり、ポイントになる部分を教えてください。
竹内:利用される方の症状や手術の内容、手術跡などによってELを装着した際に音が出やすい位置や仕様が全く異なるので、そこを確かめます。あとは声の出し方ですね。ELの使用経験がある方なら、ELでの声の出し方に慣れているので比較的練習も少なくて済む場合が多いですが、そうでない場合は使い方のレクチャーなどもしっかり行ないます。ご依頼いただいた方の状況によって異なりますが、依頼から完成までに数回お打ち合わせを実施する場合もあります。
将来的には海外進出も視野に入れられているのですね。
竹内:はい。本年度内には世界に向けてクラウドファンディングを実施できればと思っています。現時点でお問い合わせが多いアメリカをはじめ、シャント発声があまり普及していない中国や、シンガポール、マレーシアなどの東南アジアでの発売を検討しています。ヨーロッパはシャント発声が普及しているので少しハードルが高いですが、おってアプローチしていきたいです。
発売に向けたスケジュールや、海外に普及させるための生産、販売、流通に関するイメージを教えてください。
竹内:クラウドファンディングを経て、3年以内には海外での販売を開始したいと思っています。国による規制や知的財産の関係があるので、国内外ともに、不特定多数の方に向けての一般販売ではなく、病院や患者団体など信頼できるルートとのコネクションを土台に、オーダーメイドの完全受注制作でのスタートを予定しています。周知の拡大には利用者の方々の口コミや紹介がすべてなので、このようなかたちで徐々に繋がりを広げていければと。
「Laryphonix」は、言語の違いや特徴によるカスタマイズも発生するのでしょうか。
竹内:基本的には不要です。ただ中国語には、音の抑揚で意味が変わってしまう言葉があるので、そのような際には細かい調整を施しています。
今後貴社の「Laryphonix」が普及していくうえで、どんな世界になってほしいと考えていますか。
竹内:現在のメインターゲットは声帯を失った方や声帯の機能が難しい方々を想定していますが、「Laryphonix」自体は、口と舌が動いて、口パクができれば誰でも使用できます。心因性失声症など精神的な要因で声が出せない方、口は動くけど身体が動かない方、風邪で声が出しづらい方、自分の声にコンプレックスがある方まで、幅広く使っていただけるので、そういった方々にも役立てていただければと思っています。将来的には、服を着替えたり、メイクをしたりするように、声も毎日変えられるファッションアイテムのような存在として、「声のコスプレ」を楽しめるような世界にできればと。
「声のコスプレ」ですか!夢が広がりますね。最後に、ICTリーグに参加した感想をお伺いできますでしょうか。
竹内:本当にたくさんの人によって動いているプロジェクトだと感じますし、参加者の方との出会いを通じて、自身のコミュニティやコネクションが広げられている感覚があり、とても有難いです。チャレンジさせてもらえる機会に感謝して、目指すゴールに向かってしっかりと一歩一歩、前進していきたいです。
実際に患者さんに試している所編集後記
「声のコスプレ」。インタビューで最も驚いた言葉だ。声を失った方のための開発が、誰もが声を楽しむ未来に繋がるという発想に脱帽した。汎用化が課題だと率直に語りつつ、購入者と月1でミーティングを重ねる「共創」の姿勢も印象的だ。卒業式での返事のエピソードは、デバイスが単なる道具ではなく「人生の一部」であることを凝縮している。世界を見据える挑戦が、多くの人の「声」を彩る日を楽しみにしたい。
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
■関連するWEBサイト
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