建設業界の未来を担う技術として注目される「3Dコンクリートプリンティング(3DCP)」。株式会社 築(きずき)は、日本初となる3DCPでの2階建て住宅建築のプロジェクトで重要な役割を果たしたスタートアップだ。代表取締役の五十嵐理香氏は、鍼灸師を経てこの世界に飛び込んだ異色の経歴の持ち主。スタートアップならではのフットワークと新しい価値提案を常に模索し、果敢な挑戦を続けながら、産業全体の成長を目指すための人材育成も大きなテーマに掲げている。その背景にある思いと、未来への展望をうかがった。
3Dコンクリートプリンティングの様子五十嵐さんのプロフィールと、創業までの経緯をおうかがいします。
五十嵐:実は3Dコンクリートプリンティング(3DCP)に携わるまでは、建設業界に全く関わりがありませんでした。もともとは2000年に自身でシステム会社を立ち上げて、通信系の企業などに常駐して社内システム構築を行っていたのです。しかしシステム業界は変化が激しく、AIの普及が予測されたこともあって、2015年頃に「手に職を」と思い立ち、鍼灸を学び始めました。数年かけて鍼灸師の資格や、鍼灸師の教員免許などを取得したのち、2021年に父が逝去し、会社を引き継いだことが私にとって大きな転機となりました。その折に3Dコンクリートプリンティングの機械と出会い、システム業界でのキャリアを活かしながら建設業界の未来を担う事業であると確信いたしました。この出会いこそが、現在の事業を立ち上げる原点となっています。
株式会社築の現在の事業内容を紹介していただけますでしょうか。
五十嵐:3DCP技術を活用した建設事業です。また、日本では技術、材料ともに発展途上の分野なので、施工技術者や設計者の人材育成を行うほか、国外からの輸入に依存しないよう、大学との産学連携で、国内での材料開発の研究を進めています。
改めて、3DCPについて簡単にご説明をお願いできますでしょうか。
五十嵐:3DCPは3D建築の主な手法で、ペースト状の特殊なコンクリートやモルタルなどの材料を、3D建設用プリンターのロボットアームの先端などから出して一層ずつ重ね、立体的な構造物を作り上げていく技術です。建築設計をデジタル化しているのでデザインの自由度が高く、端材が出ないのでコスト削減や環境資源の保持にもつながります。また、進捗管理や建設作業を機械が行うため24時間稼働が可能で、一般的な施工より日程を大幅に短縮することができ、建築業界の課題である技術者の高齢化や人手不足への対策にもなります。
築の創業時に最も苦労されたのはどのような点ですか。
五十嵐:創業当時はまだ3Dプリンターそのものが日本に浸透しておらず、機械の操作は英語の説明書と首っぴきでした。特に材料の発注に関しては、数多くのセメント会社に問い合わせましたが、3Dプリンターとは何か、と聞き返されてしまうような状況でした。それでも、3DCP経験のあるマレーシアのエンジニアがサポートに来てくれたり、優秀な営業メンバーが加わってくれたりして、徐々に軌道に乗っていきました。
それにしても、鍼灸師を経て建設業界へ、というのは異色の経歴ですね。鍼灸師の経験の中で、現在のビジネスに活かされている学びなどはありますか。
五十嵐:システム業界は日進月歩で、最新の技術もすぐ時代遅れになります。対して鍼灸は何千年も変わらず受け継がれてきた技術で、考え方も全く異なります。例えば、私は事業を進めていくうえで勢いに任せすぎず、定期的に立ち止まって外的要因などを客観的に把握することを心がけていますが、これは、偏りなくバランスが取れた状態が良いとされる東洋医学の「中庸」という考え方を参考にしています。対極ともいえる世界を経験したことで、広い視野で余裕をもって全体を俯瞰する重要さを学べたと感じています。
基礎から3DCP技術を活用することができる貴社の取り組みにはどのような特徴があるのでしょうか。
五十嵐:3DCPを取り入れている企業も徐々に増えてきていますが、大手のゼネコンなどと比較すると、スタートアップ企業の弊社は認知度やブランド力では及びません。なので、あえて難易度が高く、まだどの企業も挑戦していない建築に挑戦していくことでアピールができればと思っています。一例として、今年(2025年)の11月に、日本で初めての3DCPによる二階建て住宅建築の竣工を発表しました。22社による合同プロジェクトです。
日本初とのことですが、3DCPによる二階建て住宅の建築は、具体的にはどのような点がチャレンジングだったのでしょうか。
五十嵐:現行の建築基準法には、従来の工法と異なる3Dプリンターを用いた建築物に関する規定がないため、「安全性の担保」が大きな課題でした。そこで設計は外部の施工会社に依頼し、建物の耐久性を検証する構造計算には、株式会社構造計画研究所という大手のエンジニアコンサルティング企業にご協力をいただきました。あえて構造計算書が必要な二階建て住宅にすることで、安全性を証明したのです。その他、コンクリートを流し込むための基礎型枠は全て3Dプリンターで作り、一般的な木材などの型枠は一本も使わない設計にしました。また、モルタルの材料特有の波打ったような表情など、3DCPだからこそ可能な高い意匠性にもこだわっています。後発企業である弊社としては、このようなかたちで競合他社との差別化をはかっていきたいと考えています。
3DCPの材料や手法もさまざまなのですね。
五十嵐:代表的な材料であるモルタルはきめが細かく、建設した際の表面も美しく仕上がって、デザインの表現度も高いです。ただ、現状は専用のモルタルを海外から仕入れる必要があり、コストがかかります。一方、コンクリートを使用した場合は、見た目はモルタルほど滑らかではありませんが、コストを抑えられ、どこの国でも比較的簡単に調達できるというメリットがあります。例えば今、フィリピンでの施工を検討しているのですが、現地だとモルタルが高価なこと、かつ高いデザイン性というよりも実用性やスピードが重視されていることから、コンクリートの使用を想定しています。このように、建設地やコスト、建築の重要視するポイントによって材料も使い分けています。コンクリートを扱える3DCPの機械は限られているのですが、弊社では、世界で最大のシェアを持つデンマークのCOBOD(コボド社)のBOD2という機種を所有しているので、コンクリートを使用した建設も可能です。
産学提携で、現在国内では入手が難しい3D建築用モルタルの研究もされているのですね。
五十嵐:はい。東京都立大学の学生さんと材料研究を行なっています。また、建築物の表面に塗布したコーティング剤が、異なる状況下でどのような結果が出るかなどのシミュレーションをしています。3Dプリンターの材料自体、ここ数年で世に出てきたものなので、歳月に応じて生じる変化などの検証も今後進めていければと思っています。
3DCPに関する人材育成にも力を入れていく予定とうかがいました。
五十嵐:日本では、3DCPに関する情報や技術がまだまだ普及の途上です。私たちは3DCPという産業そのものが、国内外を問わず拡大し、成長していくためのハブのような存在になりたいと考えています。そのために、今後は国内やアジア諸国で研修を行い、設計者や技術者を増やしていく予定です。社名の「築」にも、ゼロベースから始め、着実に一つずつ実績を積み上げて産業全体を大きくしていきたい、という思いが込められています。
人材育成に注力しようと思ったきっかけは何かあるのでしょうか。
五十嵐:築を立ち上げたとき、3DCPに関する情報や相談できる人が全く見つからず、非常に苦労した体験が出発点です。3DCPという新しい産業が今後発展していくためには、まず人材育成が不可欠だとその時痛感しました。育てた人材が独立したり、海外に進出することになっても一向に問題ありません。3DCP業界の成長に貢献する活動が、回りまわって私たちの元に何かしらの形で返ってくると思っています。
3DCPの分野で仕事をするには、具体的にどういった技術が必要なのでしょうか。
五十嵐:建物を作っていく作業は機械が行うので、タブレット端末で施工のスピードを管理したり、土工量や部材量を確認したりしながら進捗を把握しています。最初の設計でデザインを組み、プログラムに落として、3Dプリンターがデータを読み込めるようにデータを変換するスライサーというアプリを使用するなどシステム系の業務が多いので、主にそういった部分を学んでもらうことになります。データを入れた際の作動の仕方は機種によって異なるため、回数を重ねて経験してもらう必要があります。
建築業界というと、力仕事が多く男性メインというイメージがありますが、3DCPは全く異なるのでしょうか。
五十嵐:人的な建築作業のように、重いものを何度も運んだりすることはないので、女性であっても技術を身につけることは可能です。ただ施工の前段階として、モルタルをミキサーにかける作業や、施工後の清掃作業などは作業着を着て人力で行ないます。泥臭い肉体労働の要素は変わらずあるので、決してクリーンな業務だけではないですね。私自身も、3D建築に携わるようになってから、フォークリフトや4トントラック、高所作業車の資格など建築業務に必要な資格を多く取得しました。そういった部分も理解した上で、ある程度オールマイティに動ける方が活躍しやすいと思います。
3DCPによる二階建て住宅の建築の様子事業を今後進めていくうえで、見据えている目標などはあるでしょうか。
五十嵐:2つの軸で考えていて、短期的な目標としては、第一に材料開発です。3DCPで使用するモルタルは、現時点では国外から仕入れるのがメインで、輸送費など多くのコストがかかるほか、手配の都合で納期が影響を受けることもあります。課題の根本的な解決には、国内で調合をして調達できる仕組みを成立させることが必要だと思っています。
もう一つは人材育成です。まだ準備段階ではありますが、自社の機械を貸し出して研修を行うビジネスモデルを考えています。3D建築に関する知識はもちろん、必要な機械もあまり流通していないのが現状なので、その役割を私たちが担うことで、産業の拡大に貢献できたらと考えています。
そして長期的な目標としては、蓄積した実績や経験を活かして、学校などのより規模の大きな建物の建築や、遊具などの新しい分野にもチャレンジしていきたいです。
貴社コーポレートサイトで、防衛産業との親和性についても言及されています。
五十嵐:場所を選ばず迅速に施工できる機動性や、目的に沿った設計の自由さといった特徴を持つ3D建築は、有事や災害時などの防衛インフラとしての応用範囲も広いと思います。社会的な貢献という観点も含め、先日は防衛関連企業や防衛省・自衛隊とのマッチングの機会をいただける防衛産業参入促進展に参加しました。弊社は現在、航空機や特装車などを手がけている新明和工業株式会社と連携する、新たな事業の設計を進めています。国防というテーマに関わるので、スタートアップ企業だけではアプローチが難しく、新明和工業さんのような老舗の大手企業にご協力いただくことで、お互いの強みを生かしたビジネスモデルが確立できればと思っています。この事業を一つのきっかけに、日本の防衛インフラや災害対策に3D建築の選択肢を加えていただけたらと願っています。
ICTスタートアップリーグに参加してみて、新たな気づきや出会いなどはありましたでしょうか。
五十嵐:各企業のブラッシュアップのために実施される第1回スタートアップリーグアカデミーに参加した際に、自分たちの事業をプレゼンさせていただく機会があったのですが、福田会合長から、考えを詰め切れていない箇所へのご指摘や、経営的な目線でビジョンを見据えたプレゼンになっているかといった忌憚のないご意見をたくさんいただきました。一瞬、悄然としましたが、自分の甘さに気づける貴重なアドバイスをいただけて、大変ありがたい機会でした。この経験を糧に、今後の弊社の挑戦や3D建築の産業拡大のためのアイデアにつなげていくつもりです。
編集後記
「タブレット端末で操作するホワイトカラーの仕事だけではないんです」。五十嵐氏自身が、現場作業に必要な重機の資格をいくつも取得しているだけに、その言葉にも説得力がある。建築における3Dプリンター技術の導入は、現場から地道な作業をなくすためではなく、技術者の減少や高齢化が進む現代の日本にあって、本質的なイノベーションを起こし、新たな価値創造を実現するための手段なのだと痛感させられる。日本の建設業界に新しい「築(きずき)」をもたらす挑戦から、目が離せない。
@startupleaguejp 「3Dコンクリートプリンティング技術とは?!」株式会社築 五十嵐氏に事業内容をインタビューしました! #スタートアップリーグ #スタートアップ ♬ オリジナル楽曲 - スタートアップリーグ情報局【公式】
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
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