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「ゲームでイビキが改善」は夢じゃない。慶應発スタートアップが挑む、SAS治療のパラダイムシフト【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:株式会社ALAN】

近年、「睡眠時無呼吸症候群」(SAS)という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。睡眠中に無呼吸、すなわち呼吸が10秒以上止まる状態が1時間に5回以上、あるいは一晩を7時間として30回以上繰り返される病気だ。

SASに対して適切な治療をせず放置すると、血中酸素濃度の低下によって、高血圧、心疾患、脳血管障害、糖尿病といった病気を引き起こすこともあり、危険性が叫ばれている。

株式会社ALANは、SASの軽症患者に向けた治療用アプリを開発している慶應義塾大学医学部発のスタートアップ企業。代表の近藤崇弘氏は睡眠障害専門クリニックで患者の治療に務めながら慶應義塾大学医学部整形外科学教室の特任助教にも就くなど、臨床と研究を両立している医師だ。多忙な日々を送りながらALANを起業したのは、日本のSASの中等症から重症の患者は約900万人、軽症患者は約2200万人といわれている現状を医師として憂いていたため。

「中等症の患者さんにはCPAP(シーパップ)という治療法があるが、そこまでする必要はない軽症の患者さんには、診断後に日常生活での注意点を伝えるくらいというのが現状です。軽症患者さんへの医療のアプローチが足りない」。そんな課題にALANと近藤氏はどのように立ち向かおうとしているのか。事業の詳細を聞いた。

株式会社ALAN代表の近藤崇弘氏株式会社ALAN代表の近藤崇弘氏

「ゲーミフィケーション」で行動変容を促す。SAS治療の継続を支える仕組み

SASはメディアでも取り上げられる機会が増えていますが、その危険性について教えてください。

近藤:もともと危険な病気とは認知されていなかったのですが、1998年に重症のSAS患者は10年後の生存率が40%台という研究結果が報告されまして、世界に衝撃を与えました。適切な治療をせず放置していると心筋梗塞や脳卒中を引き起こしやすいといったことが理由です。

それをきっかけに研究が進み、2010年頃から啓蒙や治療が活発になったというのが現在までの流れですね。日本睡眠学会も警鐘を鳴らすことに力を入れています。

なるほど。それではALANが開発しているSAS治療アプリの詳細を教えてください。

近藤:もともと開発していた在宅睡眠評価装置「nemurin」で計測した無呼吸指数をクラウド解析し、AIによって4週間で改善へ導く治療用スマホアプリを実用化することを目指しています。簡単にいえば、比較的、軽症のSAS患者の方の治療が目的のアプリです。SASは就寝中に気道(鼻や口から肺への空気の通り道)が狭くなることで発生しますが、気道が閉塞する原因は主に2つ。1つは肥満。もう1つは顎が小さいことです。アジア人はもともと顎が小さいので、肥満体型でない人でも症状が出ることがあります。また、更年期の女性などに多いのですが、痩せ型体型でも舌の筋肉が衰え、脂肪に変わることによって症状が発生するケースもあります。

日本人の軽症患者が多いのも納得ですね。

近藤:SASは大きないびき、いびきが突然止まるといった症状を指摘されて病気が判明するケースが多いのですが、女性の場合、それを恥ずかしがって、言いたくても言えないというケースもあるようです。

そういった意味でも潜在的な軽症患者は想像以上にいると。

近藤:はい。では、軽症の方はどう対策をすればよいかというと、肥満が原因の方は痩せること。体重が10%減少すると重症化指数26%が下がることが分かっています。また、体型関係なく、一番効果があるのは口回りの体操をして、舌の筋肉を鍛えること。先ほどお話した通り、舌の筋肉が緩んで落ち込むことで気道が狭くなる。よって、舌の筋肉を鍛えれば気道は広がっていくわけです。

「舌の筋トレ」ですね。

近藤:実際、適切な舌の体操を1カ月ほど継続して行うと気道が狭くなる数値が半減することが分かっています。アプリの目玉は何かといわれれば、こうした舌のトレーニングやダイエットを促して軽症患者を治療につなげる点にあると思います。

イメージとしてはダイエットアプリのような健康管理アプリでしょうか。

近藤:AIアルゴリズムによって患者ごとに最適化した治療プランを提案するのですが、「一緒に筋トレをしましょう」といった感じのアプリに近いかもしれません。他に診断アンケートなども入れたいです。SASは大きないびき、いびきが突然止まる、夜中に何度も目が覚める、頻尿、日中の強い眠気、起床時の頭痛、睡眠休養感の欠乏(ぐっすりと寝た感触がない)といった点で気づくことは多いので、アンケートでもある程度、自分がSASの可能性が高いかが分かります。

今後は中高年、高齢者も含め一人暮らし世帯が増えるといわれています。就寝中の症状を指摘してくれる人がいないとなると、そういったアンケートは役立ちそうです。

近藤:早くSASに気づいていただく仕組み作りは意識しています。アプリに反映させるnemurinの医療グレード測定と解析アルゴリズムによって、睡眠外来クリニックを軸とした早期スクリーニングと治療継続率向上が実現できれば、軽症患者さんの治癒と、それに伴う医療費削減が期待できます。

SAS治療を格段に進歩させる可能性がありますね。

近藤:ただ、「アプリを作りました、使ってください」と言っても、皆さんにすぐに使ってもらえるわけではないと思っています。なので、トレーニングにはゲーム要素を加える予定です。背中を後押しするような要素があった方が、行動変容をしやすいでしょうから。いわゆる「ゲーミフィケーション(ゲームの要素をゲーム以外の分野に取り入れ、意欲、モチベーション向上につなげること)」です。予防につながる病態理解を促す教育コンテンツなども搭載する予定ですし、SAS治療にまつわるさまざまなコンテンツを包括したアプリにしたいですね。

開発中アプリ画面開発中アプリ画面

「視座の高さ」に刺激。リーグアカデミーが早めた社会実装へのスピード感

ICTスタートアップリーグに応募した動機を教えてください。

近藤:もともと我々はnemurinを開発したわけですが、睡眠の評価だけではなく、医師としても企業としても治療まで介入しなければいけないと考えていました。そこで中等症患者さん向けに気道を確保するマウスピースの開発を始めました。さらに治療アプローチが足りていない軽症患者さん向けの治療用アプリの開発を考えていたのですが、そのタイミングでICTスタートアップリーグを知り、マウスピースとは違ってアプリであれば対象になるだろうと応募しました。

リーグのどういった点に期待していますか?

近藤:開発資金は当然ですが、それ以上にアプリの場合は啓発、発信活動も重要だと思っています。ICTスタートアップリーグはそういった点も伴走、後方支援をしていただけそうな点が魅力でした。アプリを知ってもらうとっかかりとして「ゲームでイビキが改善!」みたいな発信ができれば興味をもってもらえるかな、とか。我々はアプリを起点にSASの情報を発信していくプラットフォームになりたいんです。

確かに医療の研究・現場の経験豊富な方でも、そこは専門外になります。

近藤:我々は医療の世界についての知見は豊富です。しかし、アプリをより普及させるためにはメディアを含めたより広い領域での活動が必要になってくる。その意味ではリーグアカデミーの存在も大きいと思っています。

どういった点が?

近藤:例えばバリューアップセッションには非常に刺激を受けています。「何と何をつなげるか」「価値とは何か?」など、物事を大きく考えることを間近で見られたのがよかったです。視座の高さが一、二段階高いんですよね。我々の事業であれば「ヘルスケア」として見るのではなく、「何かの大きな軸の中でのヘルスケア」という物の見方ができるようになった気がします。

ポテンシャルや可能性の大きさに自分たちが気づいていない、といったことはよくあります。

近藤:我々のアプリも、どこか大きな企業やプロジェクトと組んで展開することは考えていました。ただ、それは来年や再来年くらいからの動きかな、と思っていたんです。しかし、リーグアカデミーに参加している今は、早ければ今年度の終わりくらいにはいけるかも、という感触になりました。今は会社の事業といっても開発がメイン。今後、社会実装していくにあたりビジネスに長けた人に加わってもらう必要も出てくるかもしれません。ICTスタートアップリーグには、そういった出会いの可能性にも期待しています。

睡眠課題先進国・日本から世界へ。アプリとマウスピースで描くロードマップ

開発中のアプリについて、今後の展開を教えてください。

近藤:力を入れているのは企業さんへの営業です。我々にはnemurinというデバイスがあるので、クリニックに行かなくても睡眠評価をしてもらえる。そこにアプリを組み合わせることで、従業員の方の健康を増進させられる。今、経産省も企業の健康経営を促進していますから、そこにニーズがあると考えています。

行政、自治体の健康推進、健康診断などにもニーズがありそうです。

近藤:そうですね。今は人手の問題であたりきれていませんが、将来的には視野に入ってくると思います。例えば医師が開催する睡眠セミナーといったイベントは反応がいいので、そういったところからもアプリを普及させていきたいですね。

まずは知ってもらうことが大事。

近藤:日本はただでさえ睡眠時間が圧倒的に少ない国です。睡眠障害自体が軽んじられ、「不眠大国」などと呼ばれることもあります。それは結果的に睡眠課題の先進国ともいえるので、アプリなどの普及によって啓発が進み、睡眠のリテラシーが上がってくれたらうれしいですね。

日本が睡眠課題の先進国なら、ALANが得たノウハウは海外にも輸出できそうです。

近藤:もちろん海外展開も視野に入れています。ただ、それはアプリよりもマウスピースの方が先になるでしょう。アプリは治療方法やキャラクターなどにそれぞれのお国事情が反映されるので、そのまま輸出は難しい。その点、マウスピースはディープテックなので海外にも広めやすいと思います。

先ほどのリーグアカデミーの話ではないですが、ALANの事業は大きな可能性を秘めていますね。

近藤:睡眠はとても大きな市場。そこで「スリープテックといえばALAN」といった立場を確立できれば、企業としても大きく成長できるはず。ただ、我々はビジネスというよりも治療法を開発している、というスタンス。きちんと困っている患者さんに成果を届けないと意味がないので、そこは強調しておきたいです。

他に何か新規事業のアイデアはありますか?

近藤:ジャストアイデアなのですが、舌のトレーニングは口まわりのトレーニングですから、高齢者を中心とする口腔内トレーニングなどにもつなげられる気がしています。ただ、まずは睡眠。SAS治療のアプリで結果を出すことが先決です。

睡眠評価デバイス「nemurin」睡眠評価デバイス「nemurin」

「今、困っている人に届ける」。研究成果を社会実装することが医師の使命

近藤さんが医師を目指した動機を教えてください。

近藤:もともと私は臨床よりも研究の分野で医学に携わりたいと考えて医学部に進みました。小学生の頃に野口英世の伝記漫画を読んで、医学研究による病気の治療がかっこいいと感じたのがきっかけです。臨床の医師は生涯で約10万人の治療にあたれるとよくいわれますが、研究であれば新たな治療法などを発見できれば未来の何千万人を救うことができる。それを目指していましたし、今も研究に携わっているのは、それが理由です。

ロマンがありますね。起業もその流れの中で行ったことなのでしょうか?

近藤:そうですね。例えば世界的な新たな治療法の発見というのは、とんでもない天才が、とんでもない努力のうえに、とんでもない運の良さが重ならないと生まれないものです。臨床も経験することになり、現場を見ると、臨床と世界的発見につながる研究の「中間」があまりないことに気づきました。

具体的には?

近藤:つまり、世界的な発見というほどの研究成果ではないが、何かの症状を改善したり、抑制するレベルの研究と発見はすごく多い。しかし、お金にならないからか、その研究成果はあまり社会実装されない、すなわち現場に届きにくい。こうした研究成果は世界的発見と違い、未来には消えるものかもしれないけれど、少なくとも今、困っている人には有効なものも多いので、だったらすぐ届けるべきではないか。それも立派な治療ではないか。ALANの起業にはそういった思いも影響しています。

意義のある研究成果が「お金にならない」という理由で患者に届かないのであれば、起業をして小さくともビジネスとして成り立たせれば治療につながる。SAS治療のアプリ、マウスピース、nemurinと各事業の源を感じます。

近藤:現実的な起業のきっかけはコロナ禍なんですけどね。ちょうど2020年から留学予定だったのですが、コロナ禍で中止となり悶々としていたときに、同僚から我々の研究で起業できるのでは、という言葉をかけられました。それでビジネスコンテストなどへの応募を始めたんです。

最初に「起業ありき」ではなかったんですね。

近藤:だから、こだわっているのはビジネスではなく社会実装。気持ち的には事業であっても患者さんを治療している感覚です。だからこそSAS治療のアプリも発信、普及が進んでこそ意味がある。ちゃんと治療を届けたいんです。そこは自分の中で医師を志した理由と根本的には同じですね。

編集後記
SAS治療アプリでも重要な役割を果たしている解析アルゴリズムやAI技術。一見、医学とは直結しない印象も受けるが、近藤さんは若き日の研究の中で触れることになったという。
「治療法を試す際にビッグデータ解析を用いることになったんです。数学は嫌いではなかったので、対応できました。私は42歳ですが、医学部だと、これくらいの年代で解析系の知識がある人間はそれほど多くないので、何かと重宝されるようになったんです」
そんな中、動物の歩行解析にあたっている際に、その技術や成果が応用できるのでは、とパーキンソン病患者の歩行解析にあたることにもつながったそう。実はパーキンソン病の症状には睡眠障害もあったことから、それが睡眠障害研究との出合いとなった。
「その結果、人間の睡眠のデータ解析にもあたることになりました」。人間、何が人生の分かれ道になるかは分からない、と改めて感じたエピソードでした。

『株式会社ALAN』SNS動画

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■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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