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移動中の場所が“ショー”になる――シンクタンクのエースが描く、AIが可能にする新たな移動体験とは【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:株式会社Bashow】

日々の通勤やドライブなど、私たちの生活に欠かせない「移動」。しかし、その時間はともすれば無駄な時間、あるいは目的地への単なる過程として捉えられがちだ。この移動時間を、新たな発見と楽しみに満ちた豊かな体験へと変革しようとするスタートアップがある。株式会社Bashowだ。

同社を率いるのは、大手シンクタンク・日本総研で10年にわたり自動車・モビリティ領域のトップ研究員として活躍した程塚正史氏。業界のカンファレンスで基調講演も務めるなど、そのキャリアは順風満帆に見えた。しかし彼は、その安定した地位を離れ、自ら起業家となる道を選ぶ。彼が構想するのは、AIを活用し、移動中の人にその場所ならではの情報を音声で届ける「車載アプリ」。そしてその先に見据えるのは、あらゆる移動体験の付加価値を最大化する、世界的なプラットフォームの構築だ。

なぜ彼は、シンクタンク研究員から実践者へと転身したのか。シンクタンク時代に中国市場の分析から見出したという新たな市場機会、そして「すべての場所がショーになる」という壮大なビジョンに迫る。

地域トピック案内アプリ地域トピック案内アプリ"Bashow"のイメージ図

「一生懸命使わない」がコンセプト。受け身で楽しむ地域情報アプリ

まず、株式会社Bashowが開発しているサービスについて、改めて教えていただけますか。

程塚:私たちが作っているのは、車などで移動中の人に、その場所周辺のトピックを数分に一回くらいの頻度で、15秒程度の短い音声でアナウンスするアプリです。トピックというのは、周辺のお店やイベント、名所の案内といった地域のちょっとした情報ですね。例えばお店なら、そこにお店があるというだけでなく、「このお店ではこんなメニューが人気だよ」というところまで踏み込んだ情報を音声にまとめています。

非常にユニークなコンセプトですね。他の情報アプリとは、どのような点が違うのでしょうか?

程塚:弊社のアプリのコンセプトは「一生懸命使わない」ということなんです。さあゲームをするぞ、というように画面を注視して張り切って使ってもらうアプリではありません。むしろ、そうであっては困る。少なくともどこかに移動しながら、あるいはそのとき音楽やラジオを聴きながらといった「ながら使い」で、あくまで受け身で楽しんでもらうことを想定しています。ドライバーの邪魔をせず、移動という体験に自然に溶け込むことを目指しています。

定量的な面での大きな違いは、提供するコンテンツの量と質です。アメリカ市場には、音声で地域情報を提供するサービスがいくつか存在します。しかし、それらの多くは、運営会社がプリセット(あらかじめ手動で用意)した情報を、決まった場所で読み上げるだけのものです。一度聞けば、もうその場所で新しい情報を得ることはありません。

一方で、私たちのサービスは、一般公開されている膨大なウェブ情報などを元に、弊社のAIシステムが半自動的に、無数のトピックを繰り返し生成し続けます。そのため、既存サービスと比較してコンテンツの量が文字通り桁違いになります。同じ道を走っても、通るたびに新しい発見があるかもしれない。一度きりの観光案内ではなく、日常的に繰り返し使っていただけるサービスになると思っています。

AIが自動で情報を生成するとなると、情報の正確性が気になります。

程塚:そこは、ある意味で開き直っています。私たちのアプリが提供する情報の正確性は、100%を担保するものではありません。あくまで「きっかけ」の提供なんです。「なんだか面白そうだな」と関心を持ってもらえたら、そこから先はご自身で詳しく調べていただく。これは、大手企業ではなかなか取れないアプローチだと思います。「この時間、閉まってるじゃないか」というクレームは当然あり得ますが、それ以上に、偶然の出会いや発見の楽しさを提供することに価値を置いています。スタートアップならではの割り切りですね。

Bashowのトピック発話イメージ”Bashow”のトピック発話イメージ

中国の車に見た“未来”。研究者から起業家への転身

程塚さんは創業直前の2024年まで日本総研で自動車領域の研究員をされていたと伺いました。そもそも、なぜ自動車の領域に? もともと車がお好きだったのですか?

程塚:よくそう聞かれるのですが、実は車自体にはあんまり興味がなくて(笑)。運転は好きですけど、「あの車種の足回りは…」など、クルマ好きの方に詳しい話をされると困ってしまいます。シンクタンクに転職したきっかけは、当時非常に盛り上がっていた「自動運転」のプロジェクトに惹かれたことでした。2010年代半ば頃は、自動運転がすぐにでも普及して、タクシーやバスに代わって地域の交通を劇的に変える、という期待感に満ちていたんです。私自身、以前に衆議院議員の秘書をしていた経験から、地域や暮らしといったテーマに関心があり、コンサル会社に所属していた頃から新規事業の立ち上げにも強い関心がありました。その二つが交差する領域として、当時の日本総研のプロジェクトに非常に魅力を感じたのがきっかけです。

専門家がひしめく自動車業界で、研究員時代はどのようにご自身のポジションを確立されたのでしょうか。

程塚:それは相当悩みましたね。車の詳しさという点で真っ向勝負を挑んでも、何十年もこの世界にいる方々には到底敵いません。そこで私が注目したのが、当時まだ多くの日本の専門家が見過ごしていた中国市場です。2010年代半ばから、中国の自動車市場、特に電気自動車はものすごい勢いで伸び始めていました。昔、上海で働いていた経験から中国語が多少できたこともあり、現地の一次情報を読み解いていくと、これはとんでもないことになるぞ、と。

当時は今よりも「中国の車なんて」とかなり見下されるような風潮がありましたが、私はさまざまな場所で「これから中国の車は、特に電動化とデジタル化ですごいことになる」と言い続けました。そうすると、「親中派」など意図しないレッテルを貼られたりもしましたが(笑)。でも、私の見立ては変わりませんでした。その分析が徐々に認められ、シンクタンクの研究員として少しずつ自分の立ち位置を築くことができたんです。

その中国市場の分析が、今回の起業につながっているのですね。

程塚:まさにその通りです。中国の車の進化を追う中で、私が電動化以上に注目したのが、車室内のデジタル化、中国で言うところの「智能化」でした。ディスプレイが巨大化し、香りを出す装置がついたり、乗員の状況をセンシングする機能が高度化したりと、車の中が単なる移動空間から情報空間へと変貌を遂げていました。この車内外の膨大なデータと、多彩なインターフェースを使ってデジタルコンテンツを提供したら、一体どんな新しい体験が生まれるだろう、と考え始めたのが今回の創業の原点です。

研究員としてその構想を発信するのではなく、自ら事業を立ち上げたのはなぜですか?

程塚:研究員として論文や本を書かせていただき、業界のカンファレンスで講演をさせていただくなど、ありがたいことに自分の考えを発信する機会には恵まれていました。しかし、心のどこかで限界も感じていたんです。このまま続けていても、自分が本当に構想しているような新しい産業構造、新しい移動の価値を社会に実装することはできないのではないか、と。それならば、その構想を自ら実現するために、リスクを取ってでも挑戦しよう。そう決意して、会社を設立しました。日本総研では4つほどの新規事業の創出活動をしていたこともあり、創業というのはある意味それまでの活動の延長という感じもしていました。

移動体験を豊かに。「すべての場所がショーになる」世界の実現へ

事業を通じて、最終的にどのような世界を実現したいですか?

程塚:私たちが掲げているミッションは、「移動体験を豊かにする」ということです。ともすれば無駄な時間、退屈な時間とされてしまいがちな移動ですが、本来、移動中だからこそ何かに新たに出会えたり、気分が変わったり、一緒にいる人と仲良くなれたりするはずです。そういった移動ならではの価値を、テクノロジーの力で最大化したい。移動中にこそ、豊かな時間を過ごせる。私たちが描くのは、日常の移動そのものがエンターテイメントになる、「すべての場所がショーになる」ような世界です。そんな世界を作りたいと思っています。

その壮大なビジョンを実現するために、どのような“仲間”が必要だとお考えですか?

程塚:本当にさまざまな領域の“仲間”が必要になりますね。将来的なビジョンから逆算して考えると、まず自動車メーカーはもちろん、車に搭載される各種デバイスのメーカーさん。ソフトウェアの面で言えば、エンターテイメントや観光、地域関係者の皆さんといった、将来の車載アプリ開発者となりうる方々との連携も不可欠です。

さらに、もっと近々の話で言えば、すでに運用を始めているアプリに広告を掲載していく上で、広告会社の方々や、広告主となる事業者、大手企業から例えば家族経営の飲食店といったスモールビジネスの皆さんとの連携も非常に重要になってくると考えています。

具体的なロードマップについて教えてください。

程塚:まずは足元からですが、2025年11月1日にスマホアプリの本格運用を開始します。そして来年(2026年)中には、大手企業から地域の店舗や自治体などに広告を出稿していただく機能を搭載し、まずはこのアプリ単体で事業として成り立つ状況の創出を目指します。

しかし、これはあくまで第一歩に過ぎません。このアプリから得られる膨大な利用データを学習させることで、私たちが本当に作りたいもの、つまり、いつ、どこで、どんな人に、どんなコンテンツを、どうやって提供するのが最適かという「タイミング判断」を担う独自のAIを育てていきます。

そして将来的には、このタイミング判断機能そのものを、さまざまな車載アプリ開発者や自動車メーカーに対して、OSとアプリケーションの間に入る「ミドルウェア」として提供していきます。これが私たちの中長期的な目標になります。

今おっしゃった「ミドルウェア」というと、少し専門的ですが、具体的にはどのような役割を果たすのでしょうか?

程塚:はい。私たちのミドルウェアは、周りの環境、例えば場所や天気、そして車室内の状況、乗っている人の気分や同乗者との関係性といった非常に複雑な文脈をAIが理解します。その上で、「いつ、どこで、どんな人に、どんなコンテンツをどうやって出すか」という最適なタイミングを判断する、いわば移動体験全体の“司令塔”や“気の利くコンシェルジュ”のような役割を担います。

“気の利くコンシェルジュ”ですか。それは、まずはスマホアプリ上で実現していくイメージでしょうか? それとも、もっと先の未来の車を見据えているのでしょうか。

程塚:スマホアプリとしてできることも結構あります。中長期的には車載化を想定しつつ、まずはスマホアプリで様々な試行錯誤をしていくつもりです。しかしご指摘の通り、このミドルウェアが真価を発揮するのは、車がさらにデジタル化・高度化した未来です。特にレベル3以上の自動運転が実装される頃には多様な車載アプリが求められます。スマホだけでは取得できない、車ならではのデータ、例えばアクセルやブレーキの状況を示す「CANデータ」や、ドライバーモニタリングシステムから得られる表情、バイタルデータなどをAIがリアルタイムで解析します。

車から直接データを取ることで、何が変わるのでしょう?

程塚:究極のパーソナライズが可能になります。つまり、その人の属性や趣味嗜好だけでなく、場所、時間、気分などの状況に応じたカスタマイズです。例えば高速道路を気持ちよく走っている時には、そのスピード感に合わせた爽快なXRコンテンツを窓の外に投影したり、渋滞でドライバーが疲れている表情を検知したら、気分転換になるような穏やかなコンテンツを提供したり、といった具合です。

私たちは、デジタルコンテンツによる未来の豊かな移動体験を支える、基盤となるシステムを構築したい。これが私たちのビジョンです。

Bashowアプリ画面"Bashow"アプリ画面

編集後記
シンクタンクの研究員として、常に客観的な視点で産業を分析してきた程塚氏。その冷静な語り口の奥には、「移動」という日常の行為を根底から豊かにしたいという熱い情熱が秘められている。多くの専門家が見過ごした中国市場の動向から未来を読み解いた鋭い分析力と、それを自らの手で社会実装しようとする強い実行力。その両輪が、壮大なビジョンを地に足のついた事業へと昇華させているのだろう。
「一生懸命使わないでください」――そんなユニークなコンセプトを持つアプリは、私たちの何気ない日常の風景を、少しだけ特別なものに変えてくれるかもしれない。「すべての場所がショーになる」という未来の片鱗を、まずは自身のスマートフォンで体験してみたい。

『株式会社Bashow』SNS動画

@startupleaguejp AIでその場所ならではの情報を音声で届け、移動時間を価値に変える── 株式会社Bashow・程塚正史氏にインタビュー🎤 #スタートアップリーグ #スタートアップ ♬ オリジナル楽曲 - スタートアップリーグ情報局【公式】

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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