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野菜を育てる楽しさ、食べる喜びを多くの人へ届ける ―テクノロジーを活用して「アグリテインメント」を実現する―【2025年度ICTスタートアップリーグメンバーインタビュー:プランティオ株式会社】

全ての人の生活に欠かせない「食」とそれを支える「農」。2015年に設立されたプランティオ株式会社は、日本の「農と食」をより開かれたものとするべく、誰でも野菜の栽培を楽しむことができるシステムを開発、都心のビルの屋上や公園の一画などに設置された農園とパッケージで提供している。

プランティオを設立し、「grow」ブランドでサービスを展開している芹澤孝悦氏に、「農と食」の新たな可能性を広げる事業について詳しく伺った。

都心に立つビルの上の農園が、コミュニティハブになる

はじめに、プランティオ設立までの経緯をお伺いします。

芹澤:もともとエンターテインメント分野に関心があり、大学時代はジャズミュージシャンを目指して、プロを最も多く輩出する東海大学のジャズ研に所属していました。大学卒業後は、コンテンツプロデューサーとしてITベンチャーに勤めていたのですが、家庭の事情などで、2008年に家業であるセロン工業株式会社に入社しました。セロン工業は園芸資材や花材用品を製造している会社で、入社後は男性から女性に花を贈るフラワーバレンタインプロジェクトの立ち上げなど複数の事業に携わりましたが、自分のキャリアを活かして、園芸業界のある種の閉塞感を打破したいと思い、2015年にプランティオを設立しました。

セロン工業の創業者で、芹澤さんの祖父である芹澤次郎氏は、「プランター」という造語を発明し、実際の製品も開発して世に広められた方だそうですね。

芹澤:祖父が1955年に開発したプランターは、土と水の構成比が、実際の地層と水脈のバランスとほぼ同じになっています。土と水と空気が循環する構造も、いわば自然界の環境をごく小さなサイズで再現する発想です。私自身にとって祖父の存在はとても大きく、プランティオ設立当初は、プランターにテクノロジーを掛け合わせた「スマートプランター」の推進を目指していました。その後、共同創業者である孫泰蔵さんの「お祖父さんの発明の本質はむしろ、誰もがアグリカルチャーに触れられる機会を作ったことではないですか」といったアドバイスなどを参考に、2017年末から2018年初に事業コンセプトを刷新し、2020年に「grow」ブランドを発足しました。

「プランター」という造語を発明し世に広めた芹澤氏の祖父 芹澤次郎氏「プランター」という造語を発明し世に広めた芹澤氏の祖父 芹澤次郎氏

「grow」ブランドは、どのような事業が中心なのでしょうか。

芹澤:現在は、野菜栽培ガイドシステム「grow」を中核に、growを搭載したスマートコミュニティ農園を、ビルの上や公園の一画などに設置する事業をメインに進めています。
土地や街を開発するデベロッパーにgrowシステムと農園を提供し、農園の運用まで一括してサポートする場合が多いですね。デベロッパーは、近くで勤務されている方や住んでいる方向けに、サブスク料金体系などで農園の利用を提供します。
最近ではエリアマネジメントやタウンマネジメントといった言葉も頻繁に聞かれるようになりましたが、そこでも「農と食」がキーワードになることがとても多いのです。「農と食がある街」という場づくりのコンサルティング、プランニングからスタートして、ソフト(企画)が固まったら次はハード(農園)、という流れで一気通貫でサービスを提供しています。

スマートコミュニティ農園「The Edible Park OTEMACHI by grow」スマートコミュニティ農園「The Edible Park OTEMACHI by grow」

「農と食」のエンタメ化で、野菜栽培をより身近に

サービスのプラットフォーム「grow」について、さらに詳しく教えていただけますか?

芹澤:現在、IoTセンサーの「grow CONNECT」と、スマホアプリの「grow」が提供されています。
まずgrow CONNECTは、6つのセンサーで土壌の温度や水分、外気温などを測ることができ、植物の成長を予測するのに重要な、土壌の「積算温度」の把握が可能です。さまざまなデータをクラウド上で学習してユーザーにフィードバックする仕組みで、特許を取得しています。
そのデータをもとに、各ユーザーが育てている植物に対して、今するべき作業やお手入れの方法に関する情報を届けるのが、アプリ「grow」です。昨今目覚ましい進歩を遂げている生成AIと、IoTセンサーで計測できるフィジカルデータとの掛け合わせによって、情報の精度が大きく向上しています。

最先端技術の活用で、農業の専門知識がない人でもうまく野菜を栽培できるよう指南してくれるのですね。

芹澤:アドバイスだけでなく、アプリは人と人とのコミュニケーションも促進しています。アプリ内で表示される「今できる」作業を実践した後、写真とコメント付きで作業が完了したことを報告すると、同じ農園をシェアしている人々のコミュニティに投稿されます。農作業の成果以外にも、収穫した野菜をどのように調理して食べたかを共有するような楽しみ方もあります。

仲間とともに楽しく野菜を育てて、それが毎日の食にもつながっていく。まさにプランティオで掲げられている、農と食のエンターテインメント「アグリテインメント」ですね。

芹澤:食とそれを支える農について学ぶ「食農教育」も一般に浸透してきましたが、ITの力でより「リアル」につなげているのが「grow」サービスの特徴です。「農と食」のさらなる民主化、エンタメ化へとつながっていくと思っています。

現在、grow CONNECTとアプリは企業・団体向けに提供している状況とのことですが。

芹澤:はい。近日、個人向けにも提供できるように準備を進めているところです。

個人向けに提供される環境が整った際には、どのような楽しみ方が可能になるのでしょうか?

芹澤:よりゲーミフィケーションされたかたちで野菜栽培を楽しめるようにします。基本的にはアプリは無料で、プラスアルファの要素として、土や種をECで購入して本格的な栽培に挑戦したり、grow CONNECTのようなセンサーをリースで利用して「水やりを4日連続でやってみよう」といったクエストやミッションを楽しんだりする仕組みになっています。

無料のプレイを基本に、課金でアイテムを手に入れたりしてよりディープにその世界を楽しめる、ソーシャルゲームのような感覚のサービスですね。

芹澤:農園まで足を運ぶユーザーと、家庭で楽しむことがメインのユーザーのペルソナは明確に異なります。前者は、環境問題に対する感度が高く、情操教育としての「農と食」を重視しているケースが多いです。一方後者に向けては、「野菜栽培」の概念を多少デフォルメし、よりゲーム感覚で楽しめるように工夫するほうがヒットすると確信しています。そして、こちらのライト層の方が、圧倒的なボリュームゾーンです。

たしかに、「育成ゲーム」のように野菜栽培を始められたら長続きしそうです。

芹澤:ゲームのようなかたちでサービスを提供するビジョンは創業した頃から抱いていて、ようやく1つずつ実現されてきた感じです。
「推し活」がすっかり一般に浸透したように、人は好きなものには時間もお金も惜しみません。私は常日頃、「楽しいことこそが、最も持続可能(サステナブル)」だと強調しています。私自身がもともとアニメやジャズの熱心なファンであり、エンターテインメント系のプロデューサーとして仕事をしていた経験からも、この感覚を肌で感じています。
祖父の時代から、園芸の世界には「育てる楽しさ、食べるよろこび」という金言がありました。この2つを他人と分かち合うことができるのが、「grow」の醍醐味だと考えています。

「grow」のユーザーからは、他にどのような声や反応が届いていますか?

芹澤:「農や、農業に対して『遠いもの』と感じていたのが、すごく身近なものになった」という声が多く聞かれます。また、「都心部では『農と食』を体験する場がなかったけれど、子どもを土に触れさせたいという願いがかなった」という感想もいただいています。

「育てるたのしさ」と「食べるよころび」という2つの体験をシームレスに繋ぎ、ITと掛け合わせることでアグリテインメントな世界を提供「育てるたのしさ」と「食べるよころび」という2つの体験をシームレスに繋ぎ、ITと掛け合わせることでアグリテインメントな世界を提供

着実に実を結びつつある、日本の「農」を変える取り組み

事業の最新の動向についても、ご紹介いただけるでしょうか。

芹澤:「grow」事業を始めた頃に比べると、昨今「リジェネラティブシティ(再生する力を持つ街)」という概念が浸透してきて、さまざまなメディアで取り上げられたり、こうしたコンセプトに基づくまちづくりが進められたりするようになりました。
そのような状況にも後押しされて、創業にあたって「アーバンファーミング(都市農)」を掲げた時からその先にあるものとして想定していた「インドアファーミング」の実現が、間近になっています。これまで提供してきた「ビルの屋上の農園」などに限らず、街のちょっとしたスキマに設置するモジュール型ユニットの開発も進んでいますし、サンゲツ様との資本事業連携で、オフィスワーカー向けの屋内型の農園導入を推進しているほか、家庭のベランダでも野菜栽培を楽しめるよう新設計したアプリが、2026年春頃にリリースされる予定です。
「grow」というプラットフォームを中心に、あらゆるところで「農と食」に触れられる環境づくりを推進しています。

ICTスタートアップリーグに参加されている期間、どのような研究や開発を進められる予定ですか?

芹澤:「種を採り、次の世代へつなぐ」ところまでサポートする機能を強化させていきます。従来から、育てている野菜の収穫期が近くなると、「種を採りますか/収穫しますか」という分岐がアプリに表示されるようになっているのですが、生成AIを活用して、野菜の種採りガイドの部分を強化するようシステムを再設計中です。
日本特有の事情として、種を輸入に依存しているため国内に種採りのノウハウが蓄積されていないという課題があるのですが、この状況にも一石を投じられればと思っています。

世界では、アーバンファーミングや一般の人による食物の栽培が活発に行われているのでしょうか?

芹澤:世界的な潮流としては、アーバンファーミングの浸透が進んでいるのですが、日本では諸事情もあって、いまだ道半ばです。それだけに、企業や行政と積極的に手を携えて、「grow」で国内の農と食に関する状況を変えたいと思っています。
もっとも、既存の農業や流通と対抗するということではなく、補完的な関係を築いて、「農」の裾野をより広げる部分に貢献していくつもりです。海外では、アーバンファーミングで農業に興味をもった人がプロの農家になる、という事例もあるので、日本でもさらに多くの人が農業へと関心を持つ機会を増やしていきたいですね。

都心の農園から国全体へと、可能性がどんどんと広がっていきますね。

芹澤:10年前と比べると、自分たちの問題意識が社会でも共有されつつあることを実感しています。「アグリテインメント」や「アーバンファーミング」という言葉も人口に膾炙してきたほか、食糧自給などのテーマに社会の関心や問題意識が高まるような状況にもなっています。このような世の中のダイナミックな変化を前向きに楽しめるような人材を仲間として迎え入れつつ、さらに事業を成長させていきたいと思っています。

ICTスタートアップリーグには、2年前にも参加をご経験されていますが、今回再び参加されてのご感想はいかがでしょうか。

芹澤:この記事のようにメディアで紹介される機会が増えることで、自社や事業の認知が進んでいくのが嬉しいです。
また、例えばIoTに対するアプローチも企業ごとに実にさまざまで、多様な価値があることを認識することができます。こうした、リーグに参加することで得られる貴重な気づきや刺激のメリットも、改めて実感しています。

スマート・リジェネラティブシティスマート・リジェネラティブシティ

編集後記
プランティオ設立から、試行錯誤を経つつ着々と理想のビジョンに向かって進んでいる芹澤氏。現在の社会の流れや情勢を敏感にキャッチし、最新のテクノロジーも活用して「農と食」の新しい可能性を探り続けているが、その根底にあるのは、古き良き時代の日本で行なわれていた、人と人のつながりを大事にする思いであることも、インタビューの随所でうかがわせてくれた。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。

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