ICTスタートアップリーグは、単なる起業家支援にとどまらず、年齢・性別・地域・バックグラウンドを問わず、世界に通用するスタートアップを日本から輩出するために、競争と共創の場を提供しています。また「推し活」のような支援や伴走型コミュニティ、地方や海外の多様な人材が交差し、グローバルな視点で社会を変える挑戦を続けています。
ICTスタートアップリーグに運営会合メンバーとして参画されている株式会社eiicon代表取締役社長の中村亜由子さんは国内最大級のオープンイノベーションプラットフォーム『AUBA(アウバ)』を運営しながら数多くの企業共創を支援してきました。
企業成長の新たな原動力として、いまや欠かせない考え方となった「オープンイノベーション」。自社に閉じず、スタートアップや他企業、大学・研究機関などの持つ技術やアイデアを組み合わせて新しい価値を創造するこの手法は、多くの企業で導入が進んでいます。
しかし、「その実践の道のりは決して平坦ではない。」そう語る中村さんに日本におけるオープンイノベーションの現状、課題、そして未来の可能性について伺いました。
■プロフィール
中村 亜由子
株式会社 eiicon 代表取締役社長
株式会社XSprout 取締役
2015年「eiicon」事業を起案創業。パーソルグループ内新規事業としてリリース後、2023年4月にMBO。現在は株式会社eiiconの代表取締役社長として35,000社を超える全国各地の法人が登録するオープンイノベーション支援SaaS「AUBA」を中心にOI支援に従事。2023年12月 株式会社XSproutをSpiralグループとのJVで設立し取締役就任。2025年5月 一般社団法人日本オープンイノベーション研究会理事。5期にわたる特許庁OIモデル契約書策定委員のほか、総務省等中央省庁の委員を複数務める。日本サービス大賞優秀賞、日本オープンイノベーション大賞スポーツ庁長官賞、EWW EY Winning Women 2024ファイナリストなど受賞多数。講演・モデレート・審査員としても幅広く活動。著書『オープンイノベーション成功の法則(クロスメディア・パブリッシング 2019)』『実務者のためのオープンイノベーションガイドブック(同 2025:共著)』。東京学芸大学卒。
日本におけるオープンイノベーションは、創生期から現在に至るまで、どのように変化してきたとお考えですか?
中村:まだ全国的に広く浸透しているとはいえませんが、特に首都圏の企業やスタートアップの間では、オープンイノベーションがかなり定着しつつあると感じます。
ただ、「言葉を知っている」段階から、「経営戦略の一部として組み込む」段階へ進化させることが重要です。例えば採用戦略にタイミングがあるように、「他社といつ組むか」という視点を持つべきです。とはいえ、ここまで意識が広がったこと自体が大きな一歩です。
現在はイノベーター層に根づいた段階で、アーリーアダプター層に届くまであと一歩。ここを乗り越えられれば、日本が再び世界に必要とされる国になる可能性があると思います。今後は海外企業との共創が本筋になっていくでしょう。
国内のオープンイノベーションが、まだ必ずしもスムーズに行われていない要因は何だとお考えですか?
中村:それは「クローズドイノベーションの功罪」ですね。日本は長く、閉じた組織構造の中で成功してきた国です。分業化と品質管理に最適化された仕組みが、かつては世界市場で強みでした。しかし、変化の激しい現代では、その閉じた構造がかえって成長の妨げになっています。
大企業同士の連携こそ大きなイノベーションを生むはずですが、実際には提携が解消に終わるケースも多い。これは「方向性には賛同するが、細部で合意できない」という日本的な構造が影響しています。そうした壁を越える覚悟と整理が、まだ十分ではないのです。
大企業とスタートアップが連携する際、最初に立ちはだかる壁は何でしょうか?
中村:まずはフェーズの理解ですね。例えばシード期のスタートアップにとって、オープンイノベーションはあまり意味がなく、拡大期にある企業が活用に適しています。このあたりの理解がスタートアップ側にまだ不足しています。
一方で、大企業側はかなり学習が進んでいます。組織的にも体制を整え、成果を出す企業も出てきました。KDDIは組織づくりが非常に上手で、その結果としてIoT通信プラットフォームを展開するソラコムのような成功事例が生まれています。大企業の顧客基盤を活用しながら成長を加速させ、最終的には独立する。そんなWin-Winの形が理想です。
スタートアップ側の理解不足が課題ということですね。
中村:はい。想像以上に、大企業のトランザクションは大きい。スタートアップや中小企業の経験しかない方が大企業と向き合うと、その規模感に圧倒されます。例えば稟議書に社内で8つ判子が必要ということが普通に行われる世界。つまり8人の役員がいて、その下に何百人もの社員がいるということです。全く違う世界の相手だと認識しながら進めないと、「同じ人間同士だから分かりあえる」という感覚ではうまくいきません。
それほどまでに感覚のずれが生じるものですか?
中村:そうですね。10万人規模の企業と5人のスタートアップでは「細胞の数」が違うように、動かせる範囲が違います。担当者が動かせる範囲は、経営者から見れば“指先の爪ほど”の小さな領域。そこを理解しないと、時間ばかり過ぎて資金が尽きてしまうこともあります。
だからこそ、どの層と組むか、どの範囲で進めるか、あるいはどう上層部にアクセスするかという戦略的な判断が必要です。
ICTスタートアップリーグがさらに価値ある支援を提供するためには、どのような要素が必要だと思われますか?
中村:「人・物・金」の支援をしっかりつけることが大事です。ICTスタートアップリーグでは運営会合や審査委員が「推したい」と強く思うようなスタートアップに研究費だけでなく、人的なサポートや紹介支援など伴走型の支援が強みです。「人」の面では現在も代理申請などのサポートがあると思いますが、さらに事業推進ができる人材を投入できると良いでしょう。「物」の面でも、参加企業のフェーズを分けて、別のマッチング機会を設けるのも有効だと思います。
ICTスタートアップリーグの採択者には幅広い年代の方がいますが、多様な人々が切磋琢磨する良さはどこにあると思われますか?
中村:イノベーションにはダイバーシティ(多様性)が不可欠です。年齢や性別だけでなく、一人ひとりが持つバックグラウンドや価値観の違いが、新しい示唆や可能性を生み出します。「スタートアップとして世の中を変える」という一点を共有しつつ、他は全員違うという環境は非常に面白いですよね。
そして何より、今のうちに「起業仲間」を作っておくべきです。私自身は、社内新規事業出身なので、いわゆる同時期に同じように芽吹いて切磋琢磨したような起業仲間はいません。フェーズが進むと言えないことも増えてきます。今なら何でも話せるはずですから、今のうちに友だちになることを強くお勧めします。
ICTスタートアップリーグは「推し活(熱量を持った応援)」が一つのキーワードとなっていますが、中村さんが「推したくなる」「応援したくなる」スタートアップとは、どのような特徴を持っていますか?
中村:「成し遂げる」と本気で思っている人たちですね。ただ、信念だけでなく、周りをどれだけ俯瞰的に見られているか、そのバランスが取れていることが重要です。そういったバランス感覚のある人には、エンジェル投資をすることがあります。
それは「絶対に成し遂げるから」というより、その人が見ている世界を私も見てみたい、勉強させてほしい、という気持ちからです。以前、高専生が運営するeスポーツのコミュニティー拠点を作るスタートアップに出資したことがあります。私自身はeスポーツに詳しくありませんでしたが、だからこそ面白かった。
中村さんが見据えている未来を教えてください。
中村:世界にとって、日本が「必要な国」であり続けてほしい、と願っています。日本は緩やかな衰退曲線に入っているといわれますが、その中でも日本の良さ、例えば私も現地で感じた関西万博での大阪の方々の相手を慮る精神や「空気を読む」文化は、世界でも貴重な価値があります。
この感覚を持つ日本企業が海外企業とコラボレーションすれば、それは世界平和や、“地球が長生きする”ことにつながるのではないかと本気で思っています。例えば、インドネシアが首都を移転し、今まさに新しい都市を作ろうとしています。しかし、まだ環境への負荷が第一に考えられているとは言えない現状もあります。そこに、安価でサステナブルな日本の素材や技術がなぜ入っていかないのかと思っています。
オープンイノベーションを通じて海外とシームレスに連携できるようになれば、地球全体がより良くなると信じています。それをどうすれば実現できるのか、今まさに模索しているところです。
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
■関連するWEBサイト
株式会社eiicon
/
AUBA(アウバ)
/
TOMORUBA(トモルバ)
/
株式会社XSprout
/
ICTスタートアップリーグ