ICTスタートアップリーグは、単なる起業家支援の枠を超え、年齢・性別・地域・バックグラウンドを問わず、世界に通用するスタートアップを日本から輩出するために、競争と共創の場を提供しています。また「推し活」のような支援や伴走型コミュニティ、地方や海外の多様な人材が交差し、グローバルな視点で社会を変える挑戦を続けています。
ICTスタートアップリーグに運営会合メンバーとして参画されている合同会社EDGEof INNOVATION CEO、小田嶋 アレックス 太輔さんはiPhone黎明期の熱狂を体感し、世界中のスタートアップエコシステムと日本の架け橋として、20カ国以上のスタートアップ関連機関とプロジェクトを進められています。
なぜ、日本のスタートアップは世界を目指すべきなのか。日本の優秀な人材を国外に流出させないためにはどうするべきなのか。現場で多くの起業家や支援者と向き合ってきたからこそのリアルな危機感と、その先にある可能性について伺いました。
■プロフィール
小田嶋 アレックス 太輔
合同会社 EDGEof INNOVATION CEO
事業立ち上げの専門家として、数々のスタートアップや大企業の事業部立ち上げに従事。現在は、合同会社EDGEof INNOVATIONのCEOとして、日本のイノベーションエコシステムの国際化に邁進、20カ国以上のスタートアップ関連機関と様々な取り組みを進めている。J-Startup推薦委員。
まず、小田嶋さんのこれまでのご経歴と、現在の活動について教えてください。
小田嶋:僕はフランスと日本のミックスとして東京で生まれ育ちました。この二つのカルチャーを持つ家庭環境が、今の仕事に大きく影響していると思います。キャリアの初期はSEやゲーム業界にいましたが、大きな転機になったのは2008年、iPhoneが日本で発売される直前のタイミングでした。ちょうど独立をした時に、ソフトバンクの孫正義さんの弟である、孫泰蔵さんと偶然出会ったんです。
当時はまだiPhoneが今のように普及しておらず、ガラケーが進化しすぎていた日本では苦戦していました。ソフトバンクとしても、大々的なプロモーションができなかった。そこで「アプリをたくさん作ってシーン自体を盛り上げよう」という機運があり、僕はその黎明期の熱狂のど真ん中に飛び込みました。世界中のApp Storeのデータを分析するツールを自作したり、個人開発者が集まる月一のコミュニティを運営したり。まだ誰も正解が分からない、山っ気のある人たちが集まるカオスな環境で、事業立ち上げのリアルを肌で学びました。
その流れで、孫正義さんが海外のベンチャー企業に投資する現場にも立ち会う機会を得ました。海外の有望なスタートアップの創業者たちが来日した際に、一番下の立場からマーケットリサーチを手伝ったり、通訳をしたり。投資が決まるまさにその瞬間に同席させてもらう中で、世界と日本が交差するダイナミズムを目の当たりにしました。
まさに、日本のスタートアップエコシステムの夜明けを見てこられたわけですね。
小田嶋:そうかもしれません。その後も、様々なクロスボーダー案件を手掛けました。例えば、人件費が高騰した中国のゲーム会社が、相対的に安価でクオリティの高い日本のクリエイターにアウトソースする際の橋渡しをしたり、イスラエルの企業が日本の開発スタジオと組むプロジェクトを管理したり。VRが盛り上がり始めた頃には、日本の投資会社のためにロサンゼルスを中心に西海岸に何度も足を運び、現地のVR技術のデューデリジェンス(資産査定)も行いました。
そして2018年、次の大きな転機が訪れます。渋谷にイノベーションハブ「EDGEof」を共同創業したんです。渋谷のタワーレコードの隣のビルを丸ごとリノベーションし、地下には檜の茶室と日本庭園、天井には人工太陽をしつらえました。ここは世界中のイノベーターが集まる場所になり、2年間で50カ国以上、約2万人の方々が訪れてくれました。スウェーデン国王夫妻をお迎えし、日本のエコシステムについて直接お話しする機会にも恵まれました。この経験を通じて、各国の様々な方とのネットワークが生まれ、今の活動の礎になっています。
コロナ禍でビルは閉じましたが、そのネットワークを活かし、現在は主に2つの活動をしています。一つは、越境に特化したアクセラレーター「Start2 Group」の日本代表として、海外スタートアップの日本進出と、日本企業の海外展開を支援しています。もう一つが、世界46カ国に拠点を持つ起業家コミュニティ「Endeavor Japan」のオペレーションマネージャーとして、日本の起業家を世界のトップネットワークに繋ぎ、その成長を加速させる手伝いをしています。
世界中の急成長するスタートアップを見てこられて、成功に共通する条件は何だとお考えですか?
小田嶋:突き詰めると「人」ですね。これはもう、全世界共通です。起業家の資質として、まず「粘っこさ」。どんなに追い詰められても絶対に諦めない。でも、ただ頑固なだけじゃダメで、「柔軟性」も必要なんです。目的を達成するためなら、やり方にはこだわらない。うまくいかなかったら、すぐ次にいける。この「諦めないけど、柔軟」という資質は、成功している起業家に共通しています。
そして、もう一つが「巻き込み力」ですね。強引だったり、人たらしだったり、タイプは様々ですが、いつの間にか周りに「この人を助けたい」と思わせる応援団を作ってしまう力。これが非常に重要です。あとは、普通の人が躊躇するようなリスクを、平気で取れる感性も必要だと思います。
そして「タイミング」も重要です。どんなに優れたプロダクトでも、世の中がそれを求めていなければ意味がありません。例えばZOOMは、コロナ禍という未曾有の事態が最大の追い風になりました。サンフランシスコのVCたちが渋滞を嫌って移動を面倒に感じ始めていた、という地味な背景もあったりします。そういった社会の変化や市場の機運という「波」に乗れるかどうか。これは運の要素も大きいですが、常に世の中の動きを敏感に察知していることも、起業家の重要な能力だと思います。
スタートアップエコシステムにおいて「コミュニティ」の重要性がよく語られます。良いコミュニティと、そうでないものの違いはどこにあるのでしょうか?
小田嶋:僕の感覚で言うと、コミュニティのメンバー同士で、自分以外のメンバーの成功も「自分の成功」だと思える構造になっているかどうかが、決定的な違いです。
例えば、私が運営に関わる「Endeavor」の起業家たちは、国も事業も違えど、非常に強い仲間意識を持っています。厳しい選考プロセスを共に乗り越えた「同じ釜の飯を食った仲間」という感覚があるからです。
この構造があると自然な助け合いが生まれます。例えば、ある起業家が「いよいよ東南アジア展開を本気でやりたい」と悩んでいれば、別の起業家が「じゃあ僕のネットワークを紹介するよ」と無償で手を差し伸べる。なぜなら、その仲間が成功すれば、Endeavorというコミュニティ全体の価値が上がり、ひいては自分の価値も上がると信じているからです。この「Give」の精神が循環しているのが、生きたコミュニティの証だと思います。
逆に、ただ集まっているだけで、そうした意識がなければコミュニティは形骸化します。自分の利益だけを考えていては、本当の意味での化学反応は起きません。
そうしたコミュニティ論は、今回ICTスタートアップリーグに参画された理由にも繋がりますか?
小田嶋:まさにそうです。僕が常々思っている大きな課題が2つあります。一つは、そもそも日本で起業家を目指す人があまりにも少なすぎること。そしてもう一つが、その貴重な起業家たちが「海外展開は、日本で成功してから」と考えがちですが、それではもう手遅れだということです。後から海外を目指しても、ビジネスモデルも組織体制も国内市場に最適化されてしまっているため、ほぼ無理なんです。
だからこそ、まだ事業が固まりきっていない初期フェーズのスタートアップが集まるこのリーグで、「いやいや、今すぐ世界を見据えた体制を作りましょう」と、初期段階からグローバルな視点をインストールすることの重要性を伝えたかった。そして、このリーグが先ほどお話ししたような、メンバーの成功を共に喜べる「本物のコミュニティ」になってほしい。それが参画した一番の理由です。
日本のスタートアップには、世界で戦えるポテンシャルがあるとお考えですか?
小田嶋:もちろんです。例えばコンテンツに関連する力は非常に強く、面白い会社はたくさんあります。また、少し変わったところでは、特殊な光で水を汚さずに消毒する技術を開発し、タイのエビ養殖業の救世主となっている日本のスタートアップもあります。このように、世界にインパクトを与えられる技術やアイデアは確実に存在します。
しかし、決定的に不足しているのが、そのポテンシャルをグローバルなビジネスとして成功させるための知見を持つ「メンター」なんです。IPの扱いに長けた日本の大手企業はあっても、それをスタートアップとしてどうスケールさせるか、海外の投資家からどう資金調達するか、といった経験を持つ人は極めて少ない。
だからこそ、僕がこのリーグで果たせる役割があると思っています。それは、「海外市場の解像度を上げる」お手伝いです。「海外」という漠然とした言葉ではなく、アメリカなのか、東南アジアなのか、そしてその中のどのセグメントなのか。足がかりとなる最初の市場を高解像度で見極め、そこに向けた戦略設計を一緒に考える。そういう壁打ち相手になることで、彼らが世界へ踏み出す第一歩を、より確かなものにできると考えています。
日本のスタートアップが世界に出る上で、他に障壁となることはありますか?
小田嶋:これはスタートアップ側だけの問題ではないのですが、日本には「ピッチ至上主義」みたいな幻想がある気がします。ピッチはあくまで興味を持ってもらうきっかけであって、本来、それだけで出資が決まることはありません。
アメリカのトップVCは、必ずCOMPS(比較可能な上場企業分析)のような確立された手法で、企業の価値を客観的に分析します。厳しいデューデリジェンスなしに出資することはあり得ない。でも日本では、まだ「マネーの虎」に近い感覚で、しっかりとした分析をせずに「面白そうだから」と出資するVCが少なくない。これは日本のVC業界が“ガラパゴス的”な進化をしているため、結果的に異常に安いバリュエーションで多くの株式を取られたり、早期上場への過度なプレッシャーをかけられたりと、スタートアップのためにならないケースも多いんです。
話しを伺っていると、個別の課題というより、日本のエコシステム全体の構造的な問題に行き着くように感じます。
小田嶋:その通りです。だから僕は、今の日本は「幕末」とそっくりだと考えています。
幕末、ですか?
小田嶋:ええ。当時の幕府や武家のように、何も生み出していない既得権益にばかりお金が集まり、無駄に分配されている。その結果、社会は進化を嫌い、硬直化している。そうこうしているうちに、諸外国はどんどん力をつけ、気づけば到底太刀打ちできない実力差が生まれてしまった。このままでは日本はダメになる、という臨界点に、今まさに来ていると感じています。
幕末との唯一にして最大の違いは、当時は優秀な人材が日本から出られなかったこと。彼らには「日本を変える」以外の選択肢がなかった。でも今は違います。本当に優秀な人は、面倒な規制や古い慣習だらけの日本を変えようと努力するより、海外へ出て行ってしまう。現に、才能ある人材の流出は、すさまじい勢いで進んでいます。
その危機感は、どれくらい切迫しているのでしょう。
小田嶋:この5年で状況を変えられなければ、もう取り返しがつかなくなると思っています。今、日本では本来新しい産業やイノベーションに向かうべきお金が、幕末の武家が、戦もないのに鎧のメンテナンスや参勤交代にお金を使っていたのと同じように、未来のない単なる延命措置のように感じられるものに無駄遣いされています。
この無駄を止め、浮いたお金と人材を、古いものを守るためではなく、新しいものを生み出すために使う。その一点に集中できれば、日本にはまだ進化の余地がある。
フランスのマクロン大統領が言うように、国の経済が生き延びるためにはスタートアップが育つしかない。スタートアップエコシステムは、単なる経済活動の一部ではなく、国の産業構造を新陳代謝させ、未来を創るためのエンジンそのものなんです。その当たり前の認識を、国全体で共有する必要がある。それが、この「幕末」を乗り越える唯一の道だと信じています。
■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。
■関連するWEBサイト
小田嶋 Alex 太輔 note
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