コラム
COLUMN

【インタビュー:奥田浩美氏】
「ヘルシーな嫉妬」が起業家を育てる

失敗と推し活のリアルから見えてくるスタートアップの未来

ICTスタートアップリーグは、単なる起業家支援の枠を超え、年齢・性別・地域・バックグラウンドを問わず、世界に通用するスタートアップを日本から輩出するために、競争と共創の場を提供しています。また「推し活」のような支援や伴走型コミュニティ、地方や海外の多様な人材が交差し、グローバルな視点で社会を変える挑戦を続けています。

ICTスタートアップリーグに運営会合メンバーとして参画されているウィズグループ代表の奥田浩美さんは、起業家として走り続けるとともに、エンジェル投資家としても地方や海外、さまざまな現場で「挑戦する人」を応援しています。

「なぜ人は挑戦するのか」「本当に必要な支援とは何か」

奥田さんのリアルな経験談を軸に、スタートアップに必要な「人」と「場」について聞いてみました。

地方や海外での挫折と再起、コミュニティづくりの現場、そして投資家としての独自の視点これから挑戦する人へのヒントが、きっと見つかるはずです。

■プロフィール

奥田 浩美

奥田 浩美
株式会社ウィズグループ 代表取締役

ムンバイ大学(在学時:インド国立ボンベイ大学)大学院社会福祉課程修了。1991年にIT特化のカンファレンス事業を起業。2001年に株式会社ウィズグループを設立。2013年には過疎地に株式会社たからのやまを創業し、地域の社会課題に対しITで何ができるかを検証する事業を開始。委員:環境省「環境スタートアップ大賞」審査委員長、経産省「未踏IT人材発掘・育成事業」審査委員、厚労省「医療系ベンチャー振興推進会議」委員等。著書:『ワクワクすることだけ、やればいい!』(PHP出版)ほか

いきなり「失敗」の話で恐縮ですが、でもスタートアップと失敗は切り離せない関係にあると思っていて、これまでこんな失敗があったとか、でもこんな学びがあったとか、そのあたりからまずお話しください。

奥田:失敗ですか? たぶん、事業の失敗は”死ぬほど”しています。具体的に言うと、以前バーチャル上の展示会のシステムを作ったんですけれども、Googleがさっそく取り入れてくれたので、お金をかけて開発を進めたんです。けれども、それに続く会社はゼロでした。そういう、事業が全然当たらなかったという失敗もあれば、リーマンショックで売上が全部飛んでしまったような社会的な問題による失敗。あとは、この人と思っていた人に逃げられたりとかいった、人的失敗もありましたね。

それこそ、分類できるほどたくさん失敗されてきたと。

奥田:でも、なぜ今笑って言えるかというと、たとえば、眼の前のコーヒーをこぼしたら失敗じゃないですか。けれども、それは拭けばいい。事業の失敗もそのほかの失敗も、その時点では失敗だったとしても、対処して次の状態に移れれば、それは軽い失敗だったと思えます。地域でITに関わる事業を作ろうと作った会社も最初は大失敗して、リビングラボ的な事業だけでは売り上げが立たなかったのですが、その会社を作るために日本中渡り歩いたことで、今のわたしの地方でのアクセラレーターとか、そういった動きにつながっています。失敗の上に今の事業があるなっていう確信が、すごくあります。

何度も失敗を経験すると、モチベーションがなかなか保てなくなりそうですが、それでも起業したい人を増やす、起業を志す人を生み出す「場」には何が必要でしょうか?

奥田:別に自分が起業の種を持っていなくても、起業に対する強い意志を持っていなくても、起業している人、何か面白そうなことやってるなっていう人が、至近距離にいればよいと思います。もしかするとそれは憧れだったり、逆に”嫉妬”だったりとか、この人嫌いという思いだったりもするでしょうが、気になって仕方がなければ、近くに寄ってみるということだと思います。よく、起業熱って”伝染病”みたいだとも言われるのですが。

伝染病!?

奥田:何かすごい大変そうだけど面白そうだとか、やりがいがありそうだぞっていうのは、本を読んでも伝染らなくて、コミュニティだったり、飲み会だったり、近くで起業家を見ていると伝染っていく。伝染という言い方は時代的にどうかと思うので、“伝播”と言い直せば、近くにいることで伝播していくということだと思います。

そういうチャンスがあったらイベントでも……。

奥田:イベントもいいですよね。でも、ステージとステージの下だと距離があるので、もう少し近いところに寄ってみるとか。そして「あいついい思いしやがって」みたいな感情も意外と大切です。

負の感情も重要ですか。

奥田:起業家になるような人たちは、その負の感情にすごく敏感で、実はわたしは”嫉妬”が起業家を一番育ててきたんじゃないかと思っています。以前、ある起業家の方が、”ヘルシー(健全)な嫉妬”とおっしゃっていましたが、東京大学や慶應義塾大学で起業が盛んになってるのは、横に座っていた”あいつ”にこれができるんだったら、自分はもっとできるはず、みたいな、「人が人を奮起させる」ということが大きい。

至近距離に集まれる場で、伝播したり嫉妬したりして、奮起するということですね。

奥田:はい。わたしも、決して起業家になりたいって思って育ってきたわけではなくて、鹿児島の田舎で生まれ、屋久島や霧島の麓、そして阿久根市、漁師町ところで育ったので、すごく情報の格差があって、起業する人は遠い向こうの人みたいな印象でした。けれども、わたしは20代のころに、そういった起業家のコミュニティに出会ったのがすごく大きかったんです。人間って「見たもの」にはなりやすい。見たことないものにはなれない。だから、プロのサッカー選手を見て自分もなろうって思うのと同じように、地方の若い人たちに起業家を見せるというところにICTスタートアップリーグの意味があるんじゃないかなと思っています。

起業家に伴走する意味については、どうご覧になっていますか?

奥田:わたしはエンジェル投資家としても活動していますが、「ジェットコースターの2列目に乗せてもらう感覚」なんです。一番先頭には起業家がいて、ちょっと後ろのところに乗せてもらって、全体を見せてもらう。起業って、すごく順調に全部最初から最後まで行けましたというケースはすごく少ないので、ジェットコースターに乗せてもらうぐらいのイメージで、起業家が本当に真剣に何か社会に向かい合っているのを見ていると、単純に応援したくなるんです。

どれくらいのジェットコースターに乗って来られたんですか?

奥田:たぶん100人以上の起業家に寄り添ってきましたが、メンタル的なところで折れない起業家って、ほぼいないということに気づいたんですね。

奥田さんから見て、折れない起業家はいない?

奥田:いないです。折れたり、やっぱりどこかで凹むというのをやったことのない起業家を、わたしは知らないです。それはもう、今成功されてる方々も、著名な方も含めて、すごい危機を超えてらっしゃる。

折れそうになったら、どうすればいいんでしょうか。

奥田:折れそうになったときに、結局助けてくれるのも、「人」だとわたしは考えます。もうダメだと思ったときに支えになってくれたり、逆に乗り越えたわたしたちみたいな人が周りにいると、あの人たちに超えられて、自分に超えられないわけがないぐらいに思ってもらえたりとか。前を行っている人の姿みたいなのがすごく大切だと思っています。

ICTスタートアップリーグでは開発支援金の支援も行いつつ、“推し活”的な伴奏支援も行っているそうですが、起業に大事なのはやはり「人」という観点からでしょうか。

奥田:お金はもちろん大事ですけれども、それだけじゃない。わたし自身も、事業を起こすときに金銭的に援助してくれた人もそうですが、「ついていきます」「一緒につらい時期を乗り越えましょう」と言ってくれた人がいたので、続けることができました。企業は個人事業主ではないので、ある一定の人たちが自分を信頼してくれて、その事業で社会を変えようっていう中での、2人目の人。2人目に踊ってくれる人の存在がすごく大切です。1人で何か旗を立てることよりも、その旗に向かって2番目に一緒に走ってくれる存在が、企業に一番大切かなと思います。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。