コラム
COLUMN

【インタビュー:藤本あゆみ氏】
“推し”と“リーグ”が成長のスパイラルを加速する

支援の現場とファン作りから見えるスタートアップエコシステムの未来

ICTスタートアップリーグは、単なる起業家支援の枠を超え、年齢・性別・地域・バックグラウンドを問わず、世界に通用するスタートアップを日本から輩出するために、競争と共創の場を提供しています。また「推し活」のような支援や伴走型コミュニティ、地方や海外の多様な人材が交差し、グローバルな視点で社会を変える挑戦を続けています。

ICTスタートアップリーグの運営会合メンバーであり、一般社団法人スタートアップエコシステム協会の代表理事を務める藤本あゆみさんは、世界中のエコシステムをその目で見て回りながら、日本のスタートアップが世界で戦うために本当に必要なものは何かを問い続けてきました。

なぜ、日本のスタートアップは「まず国内で成功してから」という発想に陥りがちなのか。その背景にある「ゆるい鎖国」状態とは? スポーツのように競い合う「リーグ」や、情熱で支える「推し活」は、起業家に何をもたらすのか?

日本のスタートアップに関わる全ての人が知るべき視点と、その未来について聞いてみました。

この機会に自分の“推し”スタートアップを見つけると、もっと面白い世界が広がるかもしれません。

■プロフィール

藤本あゆみ

藤本 あゆみ
一般社団法人スタートアップエコシステム協会 代表理事

大学卒業後、キャリアデザインセンター、グーグルにて法人営業に従事。2016年にat Will Workを設立。その後、お金のデザインでPR・マーケティングにキャリアチェンジし、Plug and Play JapanでCMOとしてマーケティングとPRを統括。2022年にスタートアップエコシステム協会を設立し、代表理事に就任。2024年11月よりA.T. カーニーのアソシエイトスペシャリストアドバイザーを務める。現在は、東京都スタートアップ戦略フェロー、文部科学省アントレプレナーシップ推進大使、内閣府規制改革推進会議スタートアップ・イノベーション促進ワーキンググループ専門委員などを務める。

まずは、藤本さんが代表理事を務める「スタートアップエコシステム協会」の活動について教えてください。

藤本:私たちは3年前にこの協会を設立しました。目指しているのは、日本のスタートアップエコシステムを発展させるために、足りない情報や繋がりを満たしていく「つなぎ役」です。
特徴的なのは、特定の企業の意向を代弁する団体ではない、という点です。あえて会員を持たず、フラットな立場で、組織は小さく、しかし繋がりは大きく、というスタンスで活動しています。
具体的な機能は大きく3つです。
一つ目は、情報のハブになること。ICTスタートアップリーグもそうですが、日本には政府や民間が提供する素晴らしい支援プログラムがたくさんあるのに、スタートアップ自身が「自分に今、何が必要か」を探すのが非常に難しい。これらの情報を整理し、届ける役割を担っています。
二つ目は、民間の声を政策に届けること。スタートアップの現場の声を、政府や自治体の政策担当者に届けるパイプ役です。
そして三つ目が、グローバルとの窓口になること。世界中にあるエコシステムと日本をつなげる役割を担っています。

「スタートアップエコシステム」エコシステムって本来は生態系という意味ですよね?

藤本:そうです。まさに「生態系」という言葉の通り、多様なプレイヤーが相互に作用し合いながら、全体として循環し、成長していく仕組みのことです。
よくある誤解は、スタートアップを「支援される側」、大企業や投資家を「支援する側」と一方的に捉えてしまうことです。でも、本来のエコシステムはそうではありません。スタートアップが大企業のイノベーションを助けることもあれば、成功したスタートアップが次の世代を支援することもある。誰かが一方的に助けるのではなく、それぞれの役割を果たすことで、経済全体が活性化していく。それが私たちの考えるエコシステムです。
私たちが「エコシステム」という言葉にこだわるのには理由があります。この10年、政府や大企業の支援は非常に手厚くなりました。しかし、もし政府の方針が変わって予算が削減されたとしても、自律的に循環するエコシステムがしっかり根付いていれば、新しい産業を生み出す日本の「基礎体力」は失われません。だから私たちは、スタートアップそのものではなく、エコシステム自体の構築を支援したいと考えています。

日本のスタートアップエコシステムの課題ってどの辺にあるのでしょうか、ボトルネックはありますか?

藤本:最大の課題は「グローバルマインドセット」の不足です。日本ではまず国内で成功してから海外へ、という流れが強く、どうしても成長のスピードや規模で世界に遅れをとりがちです。海外のスタートアップは最初からグローバル展開を見据えて動きます。日本はまだ経済規模が大きく、国内だけでもそこそこの成功ができてしまうので、リスクを取って外に出る動機が弱くなりがちです。加えて、言語や規制の壁もあり、海外サービスが日本に入りにくい「ゆるい鎖国状態」になっています。

かつてソニーのウォークマンは、あっという間に世界を席巻しました。何が違うのでしょうか。

藤本:当時のソニーや他のエレクトロニクス企業には、「日本がこの分野を担うんだ」という気概があり、世界を目指すのが当たり前でした。良くも悪くも「みんながやるから、自分たちもやる」という雰囲気だったのだと思います。そして今は「みんながやらないから、やらない」。そんなところなんじゃないかなと思っています。
ただ、誰かが成功事例を示すと、マジョリティが一気に変わるこということが日本のいいところでもあるので、だからこそ、世界的なロールモデルが生まれれば、景色は一変するはずです。

既存のアクセラレータープログラムや投資だけではなくて、ICTスタートアップリーグはリーグという概念を掲げていますよね。この仕組みが持つ従来にない可能性ってどの辺にあるんですかね?

藤本:従来のアクセラレータープログラムや投資は、個社の成功にフォーカスしがちでしたが、リーグは「切磋琢磨」と「ピアプレッシャー(仲間からの刺激)」が生まれる場です。様々なステージや業種の起業家が集まり、互いに刺激し合うことで、視野や目標が一気に広がります。さらに面白いのは、外部のリーグと連携できる可能性です。例えば、このリーグで活躍した選手が、野球のように「メジャーリーグ」との交流試合に参加する、といったことができれば、一気に世界レベルの視座を得られますよね。「リーグ」と名付けたことで、そうしたグローバルな展開の道が開けているのは、非常に大きな可能性だと思います。

リーグの中で「推し活的支援(ファン作り)」が重視されていますが、その価値はどういったものがあるんでしょうか?

藤本:もともとスタートアップ投資は「推し活」に近いものではないでしょうか。投資家の間では「技術に恋してはいけない」と言われます。技術やソリューションは時代と共に変化し、廃れるからです。本当に重要なのは、それを手掛ける「起業家そのもの」。海外の投資家が言う「Doing(何をするか)ではなく、Being(どうあるべきか)」という言葉にも通じます。

その人が見ている世界観やビジョンに共感するからこそ、たとえ事業内容がピボット(方向転換)したとしても、応援し続けられる。最後は論理では説明できない「この人がいいと思ったんだ」という情熱。それが「推し」の本質であり、不確実な挑戦を支える最大のエネルギーになるんです。

今後、ICTスタートアップリーグも含め、日本のスタートアップエコシステムが進化するために必要なことはなんでしょうか?

藤本:より多くの人が関わる仕掛けを作ることが重要です。スタートアップリーグは、まだ一部の人しか知らない世界ですが、Jリーグのように「みんなが知っている」存在にしていく必要があります。そのためには、メディアやイベントを通じて認知を広げるだけでなく、スタートアップ自身が実績を出し、支援者や自治体も連携して「社会にとって意味がある」サービスを生み出していくことが大切です。全方向から一気に攻めるような、タイミングを合わせた仕掛けも必要だと思います。

起業って、興味はあるけれどハードルが高いと感じている人も多いと思うんですけども、まだ具体的なアイデアがなくても、何かまず始めればいいですか?

藤本:もしアイデアがなくても、何から始めればいいか分からなくても、大丈夫です。私が一番お勧めしたいのは、「まず、スタートアップで働いてみること」です。
いきなり自分で旗を揚げるのではなく、すでに中心にいる人のところに飛び込んでみる。そこで働くことで、「自分ならこうするな」「これは自分には合わないな」といったリアルな気づきが得られると思います。

スタートアップの求人はどこで見つけられるのでしょうか?

藤本:成長しているスタートアップは常に人手不足なので、実はめちゃくちゃ募集しています(笑)。企業のウェブサイトを直接見たり、東京都が開催している「スタートアップキャリアフェア」のようなイベントに来ていただくのが近道です。創業者になるだけが、スタートアップへの関わり方ではありませんし、エンジニアやデザイナー、マーケターとして参加することも、立派なエコシステムの一員です。
もし就職のハードルすら高いと感じるなら、今日の話に出た「推し活」から始めてみるのもいいと思います。リーグのイベントに参加して、自分の「推し」を見つけ、応援する。それが、いつかあなたの会社との協業に繋がるかもしれない。
迷っているくらいなら、まずは何らかの形で関わってみる。ICTスタートアップリーグをうまく活用しながら、ぜひこの面白いエコシステムに飛び込んできてください。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。