コラム
COLUMN

【インタビュー:名倉勝氏】
グローバルで勝つカギは「多様性」と「ファン作り」

グローバル市場のリアルと日本のスタートアップが持つ可能性

ICTスタートアップリーグは、単なる起業家支援の枠を超え、年齢・性別・地域・バックグラウンドを問わず、世界に通用するスタートアップを日本から輩出するために、競争と共創の場を提供しています。また「推し活」のような支援や伴走型コミュニティ、地方や海外の多様な人材が交差し、グローバルな視点で社会を変える挑戦を続けています。

ICTスタートアップリーグに運営会合メンバーとして参画されているCIC Institute ディレクターであり、一般社団法人スタートアップエコシステム協会の副代表理事、東京科学大学の特任教授を務められている名倉さんは、日々、世界中の起業家や投資家、研究者たちと交差しながら、日本のスタートアップが"本当に世界で戦う"ための現場を見つめ続けています。

なぜ今、日本のスタートアップはグローバルを目指すべきなのか。どんな"場"が、挑戦する人の背中を押すのか。

名倉さんの原体験や葛藤、そしてグローバル展開に向けたICTスタートアップリーグの支援やファンの存在について伺いました。

■プロフィール

名倉 勝

名倉 勝
CIC Institute ディレクター
一般社団法人スタートアップエコシステム協会 副代表理事
東京科学大学 特任教授

核融合工学で博士号を取得後、文部科学省に入省し、大学発スタートアップ政策を担当。マサチューセッツ工科大学System Design and Management Programに留学した後、経営コンサルティング、ベンチャーキャピタル等の勤務を経て、日本最大級のイノベーションセンターであるCIC Tokyoの立ち上げに参画。現在は、CICの実施するスタートアップ支援プログラムやエコシステム構築事業の責任者を務める。2022年に一般社団法人スタートアップエコシステム協会を共同設立し、現在は副代表理事を務める。東京科学大学の特任教授も兼務。

名倉さんは普段から様々なスタートアップをご覧になっているかと思います。その中で日本の起業家やスタートアップが世界に通用するための要素みたいなところからお話を伺わせてください。

名倉:日本の強みは、やはり技術力の高さと、アジアという成長市場に近い地政学的な優位性です。加えて、日本は特に政情も安定していて、住みやすい。海外の起業家や投資家からも「日本はいい国だ」とよく言われます。特にアジアは今後世界経済の40%を占めると言われるほど成長しているのに、まだスタートアップが十分に経済の中で役割を果たしきれていない、つまりスタートアップが伸びる市場です。日本はその中で大きなポテンシャルを持っています。
また、学術研究や技術開発の土壌もあり、2000年代前までは多くの分野で日本の研究機関はトップランナーでした。今もトップレベルの研究者が多く、研究開発を基盤にしたスタートアップが生まれる余地は大きい。ビジネス面の支援が加われば、さらに多くの有望なスタートアップが生まれるはずです。

一方で、日本のスタートアップが抱える課題についてはどう見ていますか?

名倉:課題は大きく3つあります。まず資金供給量が圧倒的に少ない。アメリカの50分の1から100分の1という統計もあります。シード投資の1件あたりの金額も一桁違うと言われています。グロースステージの投資も圧倒的に足りません。官民ファンドの設立や政府のスタートアップ支援策もあり、少しずつ変化の兆しは見えていますが、根本的な構造課題は残っています。
次に人材の流動性が低いという問題です。日本の労働市場は転職が起こりにい状況で、大企業志向が強く、スタートアップに飛び込む人が少ない。採用コストも高く、人材紹介業の紹介料が年収の30〜60%という数字を言うと、紹介料が20-25%程度の他の国のスタートアップ関係者からも仰天されます。海外の人から見ると意味が分からないほど、スタートアップにとって人材採用が難しい国です。
さらに、海外展開をするための、チャンネルや土壌が十分にありません。海外では、新しいビジネスをするスタートアップはより大きな市場、つまりグローバル市場を目指すことが当然です。グローバル市場に行かないのであれば、それは大きな成長が望めないので、中小企業ではないかと言われます。しかし、日本のスタートアップで創業時よりグローバル市場を目指す企業は必ずしも多くなく、日本の投資家やスタートアップ支援者も海外市場について理解をしている人も必ずしも多くありません。そのため海外展開に必要なリソースが日本国内で手に入りにくい状況です。
そこにICTスタートアップリーグが果たせる役割があると思っており、リーグから世界で活躍するスタートアップを輩出し大きなエグジット(IPOやM&A等)をすることによって、リスクマネー市場を活性化できればとよいなと考えています。そういった成長事例の創出を通じて、VCへの投資額を増やし、多くのスタートアップがグローバルを目指すよう、世の中の風向きを変えることができると考えています。
このリーグにはグローバルな目線を創業当初から持って、海外の市場に行き海外の投資家から資金調達をしようという機運を作れる素地があると思っています。

▲国内外で開催されるイベントにも登壇し、様々な提言を行っている。

日本のスタートアップがグローバルに展開すると行った場合、何が必要になって来るのでしょうか。

名倉:グローバルに進出するには、そもそも海外で売れるプロダクトがあること、英語でピッチや商談ができること、多様な人材が経営チームにいることが重要です。アメリカの成功しているスタートアップの多くは移民や多様なバックグラウンドの人が入っています。人種的多様性のあるチームの方が資金調達額も大きいというデータもあります。
日本人は世界の人口の1.5%程度なので、日本人だけでチームを作りはじめてしまうと、世界の約98%の人材にアプローチできないことになります。多様性はマーケットの理解だけでなく、企業のパフォーマンス向上にも直結します。多様なバックグラウンドや異なる価値観が混ざることで、思いもよらない発見やイノベーションが生まれるのです。日本の教育や文化が、無意識のうちに同質性を強めてしまう面もあり、そこを意識的に変えていく必要があります。

こうした課題やグローバル展開の重要性を踏まえて、ICTスタートアップリーグの魅力ってどういうところにあるのでしょうか?

名倉:ICTスタートアップリーグは、単なる資金提供や審査だけでなく、実践的なネットワークや専門家の知見を活用できるのが大きな特徴です。特に「推し」システムはユニークで、審査員や運営委員が「これだ!」と強く推すスタートアップが通りやすい仕組みです。革新的なビジネスは最初は多くの人には理解されにくいもの。だからこそ、誰かが本気で推すことが大事です。ICTは医療、エネルギー、エンタメ、農業など多様な分野に応用できるので、各分野の専門家が自分の視点で「これが面白い!」と応援できるのが特徴です。
ICTスタートアップリーグの支援は、単なる資金やアドバイスにとどまりません。例えば、リーグの運営委員や専門家のネットワークを通じて、海外の起業家や投資家と直接つながる機会が生まれたり、リーグの活動の中での偶然の出会いが新たなイノベーションにつながることも多いです。
他にはICTスタートアップリーグのイベントや総務省の採択実績など、公式な場での発信力も大きな魅力ですね。こうした公的な後ろ盾があることで、スタートアップは社会的な信頼を得やすくなり、次の成長ステージに進みやすくなります。リーグの支援は、単なる「審査を通す」だけでなく、事業の成長やグローバル展開を本気で後押しする仕組みになっています。

「推し」システムいいですね。他にはどうですか?

名倉:メディアやイベントなどパブリシティをフル活用してファンを増やすことができるということが、大きな魅力かと思います。リーグでは、運営委員や専門家のネットワークを活用でき、いろんな人と出会ってフィードバックをもらえる。資金調達や研究開発も大事ですが、ファンを作ることで次の資金や人材、チャンスが広がっていきます。

ファンっていうとスポーツみたいですね。

名倉:はい、スポーツとの類似性がすごく高いと思っています。ファン作りは、単なる応援者を増やすという意味だけではありません。ファンが増えて、そのファンが応援するスタートアップの話を日常的にしてもらえると、そのスタートアップに好印象を持つ人が勝手に増えていきます。例えば、商談に行った先の人が、たまたまのそのスタートアップを知っていて良い評判を聞いたことがあると、それだけで商談が上手くいく可能性があがります。スポーツだと、苦しい時期に、ファンから「大丈夫、君ならできる」と声をかけてくれたことで、もう一度チャレンジしようと思えますよね。それは、苦しい闘いをすることが多いスタートアップも一緒です。こうした人の力が、挑戦を支える大きな原動力になるんじゃないかと思います。
また、ファンが増えることで、長期的に資金調達や人材獲得、ビジネスチャンスが広がるだけでなく、企業のブランドや信頼感も高まります。ファンになった人が、半年後や1年後に転職してくれたり、大きな契約や資金調達につながることもある。ファン作りは、目先の成果だけでなく、長期的な成長のためにも欠かせない要素です。
私自身もファンとなって「推す」と決めたスタートアップには、グローバルネットワークや専門的知見をフル活用して支援していきたいと思います。

■ICTスタートアップリーグ
総務省による「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を契機に2023年度からスタートした支援プログラムです。
ICTスタートアップリーグは4つの柱でスタートアップの支援を行います。
①研究開発費 / 伴走支援
最大2,000万円の研究開発費を補助金という形で提供されます。また、伴走支援ではリーグメンバーの選考に携わった選考評価委員は、選考後も寄り添い、成長を促進していく。選考評価委員が“絶対に採択したい”と評価した企業については、事業計画に対するアドバイスや成長機会の提供などを評価委員自身が継続的に支援する、まさに“推し活”的な支援体制が構築されています。
②発掘・育成
リーグメンバーの事業成長を促す学びや出会いの場を提供していきます。
また、これから起業を目指す人の発掘も展開し、裾野の拡大を目指します。
③競争&共創
スポーツリーグのようなポジティブな競争の場となっており、スタートアップはともに学び、切磋琢磨しあうなかで、本当に必要とする分の資金(最大2,000万円)を勝ち取っていく仕組みになっています。また選考評価委員によるセッションなど様々な機会を通じてリーグメンバー同士がコラボレーションして事業を拡大していく共創の場も提供しています。
④発信
リーグメンバーの取り組みをメディアと連携して発信します!事業を多くの人に知ってもらうことで、新たなマッチングとチャンスの場が広がることを目指します。